プブリウス・デキウス・ムス (紀元前279年の執政官)

プブリウス・デキウス・ムス（紀元前3世紀）

生没年不詳のプブリウス・デキウス・ムスは、共和政ローマのプレブス（平民）出身の顕著な政治家であり、有能な軍指揮官でもありました。彼は同名の父プブリウス・デキウス・ムスの子として生まれ、その家系は代々、戦場で自らを犠牲にしてローマ軍を勝利に導くというデウォティオ（献身）の伝説的な逸話を持つことで知られています。彼自身もまた、その輝かしい、しかし悲劇的な家名を継ぐ人物となりました。

最初の執政官（紀元前279年）

紀元前279年、デキウスはローマ共和国の最高公職である執政官（コンスル）に就任しました。同年、共和政ローマは、南イタリアのギリシャ系都市国家の要請を受けてイタリア半島に遠征してきたエピロス王ピュロス率いる精鋭部隊と、南イタリアのアスクルム近郊で激突しました。この戦いは、タレントゥム戦争の一部を成す極めて重要な局面でした。

ローマ軍は奮戦したものの、ピュロス王が導入した戦象などの新戦術に苦戦し、最終的に敗北を喫しました。しかし、デキウスはこの壊滅的な状況にあっても、その名を後世に残すほどの壮絶な戦いぶりを見せたと伝えられています。特に、後のローマの雄弁家マルクス・トゥッリウス・キケロは、デキウスが「敵の武器の中に身を投じた」と記述し、彼が祖父や父に倣って戦場での自己犠牲（デウォティオ）を実行した可能性を示唆しています。この彼の献身的な行動は、ローマ兵士たちの士気を鼓舞し、最後まで抵抗を続けさせたと想像されます。

結果として、ローマ軍は敗れたものの、ピュロス軍もまた膨大な数の死傷者を出し、多大な損害を被りました。この戦いにおける勝者の大きな犠牲から、今日では「ピュロスの勝利」という言葉が、得た成果よりも支払った犠牲の方が大きい勝利を指す慣用句として語り継がれています。

二度目の執政官（紀元前265年）

紀元前265年、デキウスは再び執政官、または当時の記録によっては補充執政官として公務にあたりました。この年、エトルリア地方の有力な都市ウォルシニでは、深刻な内部問題が発生していました。かつて奴隷であった人々が解放された後に政治的な実権を握り、ウォルシニの旧来の支配層であった元老院議員たちに対して過酷な扱いをしていたのです。ウォルシニの元老院はローマ共和国に援助を求めました。

歴史家ヨハネス・ゾナラスらの記録によれば、当初この事態に対処するために派遣されたのは、この年の正規執政官の一人、クィントゥス・ファビウス・マクシムス・グルゲスでした。しかし、彼はウォルシニでの任務中に負傷し、そのまま死去してしまったとされています。このため、急遽デキウスが補充執政官に選出され、事態の収拾を託されることになりました。

ウォルシニに到着したデキウスは、解放奴隷たちの反乱に対して断固たる措置を取りました。彼は多数の解放奴隷を殺害し、生き残った者たちを再び奴隷の身分に戻したと伝えられています。この強硬な手段により、ウォルシニにおけるローマの権威は回復され、都市の秩序は再確立されました。この出来事は、共和政ローマがイタリア半島全体にその支配を広げていく過程で直面した、様々な内部および外部の問題への対処の一例として記録されています。

プブリウス・デキウス・ムスの生涯は、特にアスクルムにおける奮戦と、ウォルシニにおける反乱鎮圧という二つの大きな出来事によって特徴づけられます。彼の行動は、ローマの執政官が持つべき軍事的・政治的権限と、非常時における指導者の役割を示すものであり、また、彼の家系が代々示したデウォティオの精神が、彼自身の中にも受け継がれていたことを示唆しています。彼の正確な生没年は不明ですが、紀元前3世紀のローマ共和国の歴史において重要な役割を果たした人物の一人と言えるでしょう。

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