プレス・トゥ・プレイ

ポール・マッカートニー - プレス・トゥ・プレイ

『プレス・トゥ・プレイ』は、多作なアーティストであるポール・マッカートニーが1986年に世に送り出したスタジオ・アルバムです。彼の膨大なディスコグラフィーの中でも、キャリアのある時点における変化を示す作品と言えるでしょう。このアルバムは、発表当時、イギリスのアルバム・チャートで最高8位、アメリカのビルボード・チャートでは30位という記録を残しました。商業的には前作までの大きな成功には及ばなかったものの、その後の彼の音楽活動を形作る上での一つの通過点となりました。

制作背景とプロデューサーの変更

ジョン・レノンの悲劇的な死以降、ポール・マッカートニーは長年にわたり、ビートルズ時代から彼の音楽制作を支えてきた名プロデューサー、ジョージ・マーティンと共に歩んできました。『タッグ・オブ・ウォー』（1982年）、『パイプス・オブ・ピース』（1983年）、そして映画のサウンドトラックでもある『ヤァ!ブロード・ストリート』（1984年）といった作品群は、いずれもジョージ・マーティンの手腕によって制作されました。しかし、『プレス・トゥ・プレイ』では、この長年の協力体制から離れ、新たな才能としてプロデューサーにヒュー・パジャムを迎え入れました。ヒュー・パジャムは当時、フィル・コリンズやポリスといったアーティストとの仕事で知られており、そのモダンなサウンドへのアプローチは、本作にこれまでのマッカートニー作品とは異なる質感をもたらすことになりました。プロデューサーの変更は、ポール自身が音楽的な新境地を模索していたことの現れとも解釈できます。

ソングライティングのパートナーシップ

本作のもう一つの顕著な特徴として、10ccの主要メンバーであったエリック・スチュワートとの密接な共同作業が挙げられます。エリック・スチュワートは、アルバムに収録された多くの楽曲において、ポールのソングライティング・パートナーとして名を連ねています。このコラボレーションは、アルバム全体の音楽性に大きな影響を与えており、スチュワート独特のメロディセンスやアレンジのアイデアが随所に感じられます。

特に、「ストラングルホールド」「フットプリンツ」「プリティ・リトル・ヘッド」「ムーブ・オーヴァー・バスカー」「アングリー」「ハウエヴァー・アブサード」「ライト・アウェイ」「タフ・オン・ア・タイトロープ」といった楽曲は、ポールとエリック・スチュワートの共作としてクレジットされています。これらの楽曲は、アルバムの中核をなし、二人の才能が融合した成果と言えます。

収録曲と後年の追加トラック

オリジナル盤には、「ストラングルホールド」に始まり、「グッド・タイムズ・カミング／フィール・ザ・サン」「トーク・モア・トーク」「フットプリンツ」「オンリー・ラヴ・リメインズ」「プレス」「プリティ・リトル・ヘッド」「ムーブ・オーヴァー・バスカー」「アングリー」「ハウエヴァー・アブサード」といった楽曲が収められています。

アルバムは、CDという新たなメディアの普及に伴い、後年ボーナス・トラックが追加されて再リリースされることが多くなりました。『プレス・トゥ・プレイ』もその例外ではありません。

最初にCD化された際には、「ライト・アウェイ」「イッツ・ノット・トゥルー」「タフ・オン・ア・タイトロープ」の3曲がボーナス・トラックとして追加されました。これらの楽曲は、オリジナルLPには未収録ながら、アルバム制作時のアウトテイクなどであったと考えられます。

さらに、彼の過去の作品をデジタルリマスターして再発した「ポール・マッカートニー・コレクション」シリーズでは、先の3曲に加えて「スパイズ・ライク・アス」と「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー（ロング・ヴァージョン）」の2曲がボーナスとして追加収録されました。「スパイズ・ライク・アス」は同名映画のサウンドトラックとして発表された楽曲であり、「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」は当時シングルとしてリリースされた楽曲です。

2007年には、iTunes Storeでのデジタル配信版リリースにあたり、さらに異なるボーナス・トラックが追加されました。これは「Press」の12インチ・シングルに収録されていた「Bevans / Forward Dub Mix」と呼ばれるリミックス・バージョンです。このように、『プレス・トゥ・プレイ』は、時代と共に様々な形でリスナーに届けられ、その度に収録曲が変化するという興味深い経緯をたどった作品でもあります。

『プレス・トゥ・プレイ』は、プロデューサーおよびソングライティング・パートナーという、自身の音楽を形成する上で極めて重要な役割を担う存在を刷新し、新たなサウンドへの挑戦を試みた、ポール・マッカートニーのキャリアにおける意欲的な一枚と言えるでしょう。

もう一度検索