プロトン-M

プロトン-M

プロトン-M（ロシア語: Протон-М、英語: Proton-M）は、ソ連時代に運用されていたプロトンロケットを改良して開発された、ロシアの大型液体燃料ロケットです。クルニチェフ社で製造され、その運用は主にカザフスタンのバイコヌール宇宙基地にある81番および200番射点から行われます。特に商業衛星の打ち上げにおいては、インターナショナル・ローンチ・サービシーズ（ILS）が事業を担い、通常バイコヌール宇宙基地の200/39射点を利用しています。このロケットの最初の飛行は2001年4月7日に実施されました。

構造と構成

プロトン-Mは3つの主要な段（ステージ）から構成されており、全ての段で推進剤として四酸化二窒素を酸化剤、非対称ジメチルヒドラジンを燃料とする液体燃料エンジンを使用します。

第1段は、ロケットの中心に配置された酸化剤タンクの周囲に、それぞれが独自のエンジンを持つ6つの燃料タンクを束ねるという、非常に特徴的な構造を採用しています。各エンジンの推力方向は、最大限の制御性を得るために元の位置から接線方向に7度まで傾けることができます。この独特な設計は、バイコヌール宇宙基地への輸送手段である鉄道の積載制限に起因しています。酸化剤タンクと上段の直径は鉄道輸送の最大寸法に合わせられていますが、バイコヌール基地内では完全に組み立てた状態で鉄道による移動が可能です。

第2段は、一般的な円筒形の形状をしています。推進には3基のRD-0210エンジンと1基のRD-0211エンジンが用いられます。RD-0211はRD-0210の派生型で、燃料タンクを加圧する役割も担います。第1段と第2段の分離は、2段目のエンジンが点火した数秒後に行われるため、両段の間は閉じられた構造ではなく、エンジンの排気を逃がせるように網状のフレームで接続されています。推力制御は、エンジンのジンバル機構によって行われます。

第3段もまた、伝統的な円筒形のデザインです。ここにはロケット全体のアビオニクス装置が搭載されており、RD-0212エンジンモジュールが推進を担います。RD-0212は、固定式のRD-0213エンジン1基と、推力方向を制御するための4ノズルを持つバーニアエンジンRD-0214の組み合わせです。RD-0214の4つのノズルはそれぞれ45度回転させることができ、RD-0213ノズル周辺に配置されています。

性能と能力の向上

プロトン-Mには、構造重量の削減、推力の向上、燃料の利用効率改善など、下段を中心に様々な改良が加えられました。特に第1段には閉回路式誘導システムが導入され、これにより燃料をより効率的に消費することが可能となりました。これらの改善により、プロトン-Mは以前のモデルに比べて打ち上げ能力が増大しました。低軌道（LEO）へは約21トン、上段ロケットと組み合わせることで静止トランスファ軌道（GTO）へは最大約5.5トン、対地同期軌道へは3トンのペイロードを投入できます。また、外国製部品への依存を減らす取り組みも進められました。

上段ロケットとの組み合わせ

プロトン-Mの打ち上げの多くでは、ペイロードをより高い軌道へ運ぶためにブリーズ-M上段が使用されます。ブロック-DM上段も利用されており、例えばGLONASS衛星の打ち上げにはブロックDM-2が6回、ブロックDM-03が2回使われました。ブロックDM-03は合計5回の使用が予定されており、GLONASS衛星のさらなる打ち上げも計画されています。2013年時点では上段を伴わないプロトン-Mの打ち上げは行われていませんでしたが、国際宇宙ステーション（ISS）の多目的実験モジュールと欧州ロボットアームを上段なしで打ち上げる計画があり、これは2017年に実施される予定でした。

増強型（Enhanced Proton-M）

2007年7月7日、ILSは改良されたプロトン-Mの初打ち上げを実施し、ディレクTV-10衛星を軌道に乗せました。これはプロトン系列全体で326回目の打ち上げにあたります。この増強型は、より効率的な第1段エンジン、改良されたアビオニクス、軽量化された燃料タンク、強化されたブリーズ-Mのバーニアスラスタなどを特徴としています。第1段のタンク壁を薄くしたり、他の段で複合材料を使用したりすることで、ロケット全体の質量が削減されています。増強型の2度目の打ち上げは2008年8月18日に行われ、インマルサット4 F3衛星を投入しました。基本型のプロトン-Mは、増強型の優位性から2007年11月に退役しました。

ILSは、打ち上げ能力がさらに向上した「フェイズIII」と呼ばれるプロトン設計が2010年には標準構成となることを示しました。2011年10月19日には、プロトン-M/ブリーズ-MフェイズIIIが6.740トンのViasat-1衛星を静止トランスファ軌道に投入し、その能力を実証しました。

標準的な打ち上げ方式

プロトン-Mは通常、ブリーズ-M上段を搭載して打ち上げられます。ロケットは、ブリーズ-M、ペイロードアダプター、そしてペイロードから成る「軌道用ユニット」を弾道軌道に近い軌道へ運びます。第1段、第2段、そしてペイロードフェアリングは事前に定められた落下地点に投棄され、第3段は海上に落下します。第3段が分離された後、軌道用ユニットは短時間慣性飛行を行い、その後ブリーズ-Mがエンジンを噴射して宇宙待機軌道（通常は軌道傾斜角51.5度、近地点高度170km、遠地点高度230km）に投入されます。ミッションによっては、64.8度や72.6度といった別の待機軌道が設定されることもあります。その後、ブリーズ-Mは搭載されたペイロードを最終的な目標軌道または遷移軌道へ運ぶための軌道マヌーバを実行します。遷移軌道に投入されたペイロードは、自身の推進系を使用して最終的な軌道修正を行います。

信頼性と運用上の課題

2015年5月現在、100機以上のプロトン-Mが打ち上げられていますが、そのうち10基で打ち上げ失敗が発生しています。これらの失敗のうち、4機はプロトン-Mロケット本体に起因するもの、5機は上段として使用されたブリーズ-Mの不具合によるもの、そして1機はブロックDM-03上段が誤って過剰な燃料を積載したことによるものでした。

いくつかの具体的な失敗事例が報告されています。例えば、2007年9月には日本の通信衛星JCSAT-11を搭載したプロトン-M/ブリーズ-Mが目標高度への到達に失敗し、カザフスタン国内に落下しました。調査の結果、第1段と第2段の分離に使用される火工ケーブルが損傷していたことが原因とされました。

2013年7月には、GLONASS衛星を搭載したプロトン-M/DM-03が打ち上げ直後に爆発するという重大な事故が発生しました。ロケットは打ち上げ数秒後から垂直軸を中心に揺れ始め、搭載コンピューターによる姿勢制御の試みも失敗に終わり、回復不能な傾きに至りました。初段が破壊され炎上したことで生じた力により、打ち上げから24秒後には上段とペイロードが分離。その6秒後には地上に激突しました。当初の調査報告では、第1段のヨー方向（左右方向）の角速度センサー3基が誤った向きに取り付けられていたことが示されました。これは主系統だけでなく予備系統のセンサーにも影響を与え、ロケットがヨー制御を完全に失ったことが失敗の原因とされています。テレメトリデータからは、打ち上げ台との接続ケーブルが予定より早く外れた可能性も示唆されており、ロケットがエンジン推力が最大になる直前に発射された可能性も指摘されました。

2014年5月には、エクスプレス通信衛星を搭載したプロトン-Mが打ち上げに失敗し失われました。この失敗は2013年のケースとは異なり、飛行開始約9分後に第3段のバーニアエンジン1基が停止したことで発生しました。これにより姿勢制御ができなくなり、自動停止と自爆コマンドが実行され、上段とペイロードの残骸が中国北部へ落下しました。調査委員会は、失敗はバーニアエンジンのターボポンプの一つが台座から外れ、燃料配管が破損したために推力を失ったことに起因すると結論付けました。

2015年5月にも、メキシコの通信衛星を搭載したプロトン-Mが第3段の不具合により打ち上げ失敗に至りました。ロシアの情報筋によれば、これは2014年の失敗と同様の問題であった可能性が示唆されています。

プロトン-Mの打ち上げ失敗の中には、ペイロードを高い軌道へ投入するために使用される上段ロケットの不具合が原因と考えられるものも多くあります。例えば、2010年12月5日には、ブロックDM上段が1.5トンの液体酸素を過積載していたため軌道速度への到達に失敗し、搭載されていたGLONASS衛星3機が失われました。2006年2月のArabsat 4A、2008年3月のAMC-14、2011年8月のエクスプレス-AM4、2012年8月のTelkom3号とエクスプレス-MD2、そして2012年12月のヤマル-402といった5回の打ち上げも、ブリーズ-M上段の問題によって失敗しました。ヤマル-402衛星は軌道が補正されたものの運用寿命が短縮され、それ以外の衛星は使用不能となりました。AMC-14は本来の任務を達成できないと判断された後、所有者によってアメリカ政府に売却されています。

ロシアの宇宙産業と環境への影響

2013年7月に発生したプロトン-Mの打ち上げ失敗は、ロシアの宇宙産業に大きな影響を与え、大規模な組織再編の契機となりました。失敗からわずか3日後、ロシア政府は「非常に厳しい措置」が取られ、「（ロシアの）宇宙産業の終焉につながる」可能性があると発表しました。当時のドミトリー・ロゴージン副首相は、「失敗が相次ぐ宇宙部門は、国家による監督が必要なほど深刻な問題を抱えている」と指摘しました。これを受け、ロシア連邦政府主導で宇宙産業の統合を目的とした公開株式会社「統一ロケット・宇宙会社」が2013年8月に設立されました。

また、プロトンロケットの燃料である非対称ジメチルヒドラジンなどが、打ち上げに伴う破片とともにロシアやカザフスタンの地域を汚染しているという批判が存在します。一部の住民からは、打ち上げ後に酸性雨が降ったとの主張も出ています。これに対し、クルニチェフ社のアナトリー・クジン副長官は「この問題に関する特別な研究を行った結果、大気の酸性度はロケット打ち上げの影響を受けていない。アルタイ地方での懸念と、ロケット燃料成分や宇宙活動の影響との関連を示すデータは存在しない」と否定的な見解を示しています。

関連項目

ローンチ・ヴィークルの一覧
プロトン-Mの打ち上げ一覧

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