ベアリング家

ベアリング家：世界経済を揺るがした名門一族の興亡

ベアリング家は、18世紀から20世紀にかけて世界経済に大きな影響を与えたイギリスの財閥・貴族家系です。その隆盛は、1762年に設立されたベアリングス銀行の成功と密接に結びついています。233年にわたるベアリングス銀行の歴史は、イギリス帝国の興隆と衰退、そして世界金融史における数々の転換期と重なり合います。

ベアリングス銀行の創業とアメリカ進出

ベアリング家の歴史は、1717年にドイツからイギリスに移住したジョン・ベアリングに始まります。彼は貿易で財を成し、その息子フランシスが1762年、ロンドンにベアリングス銀行を設立しました。ベアリングス銀行は、大英帝国の拡大に伴う貿易の急増という追い風を受け、手形引受業務で急速に成長。18世紀末にはロンドン有数の金融機関となりました。

特に、フランシスの息子アレクサンダーは、アメリカの将来性にいち早く着目し、積極的にアメリカ市場に進出しました。1803年のルイジアナ買収では、アメリカ政府債の発行を引き受け、アメリカ合衆国の発展に貢献する一方、巨額の利益を得ました。

ナポレオン戦争とロスチャイルド家との競争

ナポレオン戦争時代、ベアリングス銀行はイギリス戦時公債の引受で巨額の富を築き、その勢力はヨーロッパ全土に拡大しました。当時、ベアリング家の繁栄ぶりは「ヨーロッパには6つの強国がある。イギリス、フランス、プロイセン、オーストリア、ロシア、そしてベアリング・ブラザーズだ」と評されたほどです。この時代、ベアリングス銀行はロスチャイルド家と並び、ヨーロッパを代表するマーチャントバンクとして競争を繰り広げました。

19世紀の繁栄と多角化

19世紀に入ると、ベアリングス銀行は貿易にとどまらず、投資銀行業務にも積極的に進出しました。アメリカ、ロシア、オーストリアの株式やパナマ運河の債権、アメリカ鉄道株などに投資を行い、莫大な利益を上げました。1860年から1890年にかけてのアメリカ・カナダへの融資額は5億ドルに達し、その経済力は頂点を極めました。英国王室御用達銀行となるなど、その影響力は絶大なものとなりました。

この時代、ベアリング家からは多くの政治家も輩出しました。アシュバートン男爵、ノースブルック男爵（後に伯爵）、レヴェルストーク男爵、クローマー伯爵など、ベアリング家は多くの貴族爵位を獲得し、イギリス社会における地位を確固たるものにしました。

20世紀の転換点と破綻

しかし、第一次世界大戦後、イギリスの国際的地位が低下すると、ベアリングス銀行も衰退を始めました。1970年代以降は投資顧問や資産管理、企業合併買収などに事業を拡大しましたが、1980年代の金融ビッグバン以降はトレーディングに特化し、リスクの高い投機的な取引を行うようになりました。

日本バブル経済の崩壊や、1995年のシンガポール支店のニック・リーソンによる巨額の不正取引によって、ベアリングス銀行は経営破綻しました。233年の歴史に幕を閉じましたが、5つのベアリング貴族家系は現在もイギリス貴族社会にその名を刻み続けています。

ベアリング家の遺産

ベアリングス銀行の破綻は、マーチャントバンクの時代の終焉を象徴する出来事となりました。しかし、ベアリング家の歴史は、世界経済史におけるイギリスの役割、そしてグローバル金融の進化を理解する上で重要な一ページとなっています。 その興亡は、成功と失敗、繁栄と衰退が複雑に絡み合った、近代資本主義のダイナミックな側面を物語っています。 彼らの残した財産は、歴史書だけでなく、近代金融史の教科書にも重要な資料として刻まれています。

参考文献

スティーブン・フェイ 著、宇佐美洋 訳『ベアリングズ崩壊の真実』時事通信社
山口直彦『エジプト近現代史』明石書店
ニック・リーソン 著、戸田浩之 訳『私がベアリングス銀行をつぶした』新潮社
田中文憲「ベアリングズの崩壊: マーチャント・バンキングの終焉」『奈良大学紀要』

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