ベトナムの人名

本稿では、ベトナムの主要民族であるキン族の姓名を中心に解説します。ベトナムは漢字文化圏に属し、人名も漢民族の影響を受けていますが、独自の習慣も存在します。現代の名前はカタカナ表記、近代以前は漢字表記を基本とします。

構造

ベトナムの人名は、一般的に姓（Họ）、間の名（Tên đệm）、称する名（Tên chính）の3つで構成されます。これは、例えば「阮文恵（グエン・ヴァン・フエ）」のように、姓、間の名、称する名がそれぞれ1音節で構成される形式が典型的です。

姓（Họ）: 家族を表すもので、通常は1音節の漢姓です。阮（グエン）、陳（チャン）、黎（レ）が特に多く、全体の60%を占めます。複姓（2音節の姓）も存在し、「トン・タット」のように、阮朝の貴族に多く見られます。さらに長い姓もあり、阮朝の帝室に繋がる「グエン・フック・コン・タン・トン・ヌー」のような例もあります。
間の名（Tên đệm）: 個人を特定するための名前で、男性は「ヴァン（文）」や「バー（伯）」、女性は「チ（氏）」や「ジェウ（妙）」などが使われます。昔は女性の間の名はほぼ「チ」でしたが、現在では多様化しています。間の名は世代を示すものではなく、省略されることもあります。また、家系によっては支派を区別するために使われ、姓と合わせて複姓のように扱われることもあります。
* 称する名（Tên chính）: 個人を呼ぶための名前で、通常は1音節です。男性は「ナム（男）」、「タン（勝）」、「フン（雄）」など、女性は「ハイン（幸）」、「ホア（華、花）」、「トー（詩）」など、性別に適した漢字が用いられます。二音節の名前も存在し、女性に多い傾向があります。例として「ミン・グォク（明玉）」や「トゥイェット・マイ（雪梅）」などがあります。

呼称

ベトナムでは、相手の地位に関わらず、呼称には「称する名」を使います。例えば、「ゴ・ジン・ジエム大統領」は「ゴ大統領」ではなく「ジエム大統領」と呼ばれます。敬称も「称する名」に付けます。姓は非常に高い敬意を示す場合にのみ使われ、例として「ホーおじさん」や「トンおじさん」のようなケースがあります。

親しい間柄では、あだ名を使うことも多く、「のっぽのナム」や「鼻歌のクイン」など、個人の特徴に合わせたものが使われます。また、同じ名前の人がいる場合は、間の名を含めて呼び分けることもあります。

年齢が異なる場合は、年上の男性には「アイン（兄）」、年上の女性には「チ（姉）」、親より若い世代の年上の女性には「コー（おば）」、男性には「チュー（おじ）」を名前につけて呼び、年下には「エム（弟、妹）」を名前につけて呼びます。これらの使い分けは、同時に一人称も変化させます。

日常生活では「称する名」のみを意識し、姓を使う機会はほとんどないため、親友同士でもお互いの姓を知らないことが多いです。しかし、SNSの普及により、状況は変わりつつあります。

少数民族の名前

ベトナムには、キン族以外にもモン・クメール語族やマレー・ポリネシア語族の民族が多数存在し、それぞれ独自の言語や命名法を持っています。中華系のホア族の名前は漢名がほとんどで、間の名がないことが多いです。キン族に近いムオン族は、キン族と同様の命名法ですが、姓の種類や同姓の割合が異なります。

その他

海外に住むベトナム人の中には、姓の発音が変化することがあります。例えば、「Trần（チャン）」が「トラン」と誤読されたり、「Nguyễn（グエン）」が「ニューエン」や「エンギュイエン」と発音され、そのまま正式な姓として使われることもあります。日本語の文献でも、これらの表記が使われることがあります。

ベトナムの人名は、その構造や文化的な背景を理解することで、より深くベトナム社会を理解する手がかりとなります。

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