ベニガオザル

オナガザル科マカク属に分類される霊長類の一種です。学名はMacaca arctoidesといい、「紅顔猿」とも呼ばれます。かつてはMacaca speciosaという学名が用いられた時期もありましたが、これは本来ニホンザルに充てられるべきものであったため、現在では使用されていません。学名の「arctoides」はラテン語で「クマのような」という意味を持ちます。

分類と系統

生殖器の独特な形態から、マカク属の中でもベニガオザル単独でarctoides種群として区別されることがあります。一方で、近年の分子系統解析ではsinica種群に含める見解も示されています。遺伝子の分析からは、sinica種群とfascicularis種群（カニクイザルなどが含まれるグループ）の雑種に由来する系統である可能性や、sinica種群から分岐した後にアカゲザルの祖先種との間で遺伝子の交換（遺伝子流動）があったことが示唆されています。

生息地と分布

主に東南アジアから南アジアにかけて分布しており、インド北東部、カンボジア、タイ（中部・西部・南部）、中国（南西部）、ベトナム、マレーシア（マレー半島北西部）、ミャンマー北部、ラオスなどに生息しています。バングラデシュではすでに絶滅したと考えられていますが、香港には移入された個体群が存在します。生息環境としては、熱帯域の常緑樹林や落葉樹林を好みます。

形態的特徴

体は暗褐色の体毛で覆われています。成獣は顔面と臀部の皮膚が赤く露出しているのが大きな特徴です。顔の赤みは加齢とともに黒い斑点が増え、顔全体が黒く変化する個体もいます。幼獣は白い体毛に覆われています。

体長（頭胴長）はオスで約51.7～65センチメートル、メスで約48.5～58.5センチメートルとなります。体重はオスが約9.9～10.2キログラム、メスが約7.5～9.1キログラムです。尾は非常に短く、オスは約0.3～1.3センチメートル、メスは約1.5～6.9センチメートルほどしかありません。形態学的には、陰茎や膣が長いことも特徴として挙げられます。

生態と行動

通常、20～30頭程度の群れを形成して生活します。食性は多様で、植物の葉や果実、タケノコに加え、昆虫や鳥類の卵なども食べます。繁殖様式は胎生で、一度に一頭の子を産みます。

興味深い行動として、幼い個体でも排卵していないにも関わらず、性行動が見られることや、同性間での性交渉が頻繁に行われることが知られています。群れ内で繁殖相手を巡る競争が激しい場合、複数のオスが協力して連合を形成し、特定のメスを独占的に占有する行動をとることも観察されています。オスにとっては、単独で他のオスと争うよりも、このような連合を組む方が交尾の機会が増えるため、繁殖戦略上有利に働くと考えられています。

自然界における天敵としては、ヒョウやウンピョウなどが挙げられます。

死生観に関する観察

2023年にタイで行われた野生個体の観察において、死んだ成獣のメスに対し、社会的な順位の低い3頭のオスが交尾行動を行う様子が複数例記録されました。この観察を報告した京都大学の研究チームは、少なくともベニガオザルのオスが、死んだ状況を適切に理解することが難しい可能性を示唆しています。これは、霊長類の死に対する理解を研究する上で重要な知見と考えられています。

人間との関わり

生息地域では、ベニガオザルが食用とされたり、伝統的に薬効があると信じられたりすることがあります。一方で、コメやサツマイモ、ジャガイモなどの農作物を食い荒らす農業被害も発生させています。

主な生息数の減少要因としては、人間活動による生息地の破壊が挙げられます。木材や薪のための森林伐採、道路やダムの建設、農地開発やプランテーションへの転換などが、ベニガオザルの暮らす森を奪い、土壌流出を引き起こしています。また、食用や薬用を目的とした乱獲、ペットとしての需要、スポーツハンティングなども個体数減少の原因となっています。

こうした状況を受け、ベニガオザルを含む霊長目全体が、1977年にワシントン条約の附属書IIに掲載され、国際的な取引が制限されています。日本国内では、2021年の時点でマカク属全体が特定動物に指定されており、特に愛玩目的での飼育は2019年に法律が改正され、2020年6月以降禁止されています。

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