ベルリン三部作

英国の革新的な芸術家、デヴィッド・ボウイの創造的なキャリアの中でも、1970年代後半は特に実験的で影響力のある時期として知られています。この時期に生み出された一連の作品群は、「ベルリン三部作 (Berlin Trilogy)」として広く認識されています。この呼称は、1976年から1979年にかけて、ボウイがドイツのベルリンを含む複数の場所で、主にブライアン・イーノとの共同作業によって制作・発表した三枚の重要なアルバムを指します。対象となるのは、『ロウ (Low)』、『英雄夢語り (ヒーローズ) ("Heroes")』、そして『ロジャー (間借人) (Lodger)』です。これらのアルバム全てにおいて、長年にわたるボウイの音楽パートナーであり優れたプロデューサーでもあるトニー・ヴィスコンティが共同プロデューサーとして名を連ねています。

「ベルリン三部作」という名称の他に、「イーノ三部作 (Eno Trilogy)」や、芸術作品の「三連祭壇画」になぞらえた「ベルリン・トリプティック (Berlin Triptych)」と呼ばれることもあります。この時期のボウイは、それまでの活動拠点であったアメリカからヨーロッパへと拠点を移し、特に西ベルリンに滞在していました。このような環境の変化が、彼の音楽性に新たな方向性をもたらしたと言われています。

「ベルリン三部作」という名称から、全ての録音がベルリンで行われたと誤解されがちですが、実際には制作はベルリン一箇所に限定されていませんでした。三枚のアルバムそれぞれに異なる録音スタジオや国が関わっており、この地理的な多様性もまた、この時期のボウイの音楽的な探求の広がりを反映しています。

各アルバム詳細

『ロウ (Low)』

三部作の幕開けを飾るこのアルバムは、1977年1月14日に世に送り出されました。録音作業は、アルバム発売前の1976年9月から11月にかけて実施されています。録音場所は、フランスのポントワーズ近郊に位置するエルヴィル城内のスタジオと、当時分断されていた西ドイツの首都、西ベルリンにある歴史あるハンザ・スタジオの二箇所です。アルバムのジャケット写真は、著名な写真家であるスティーヴ・シャピロが撮影したもので、ボウイ自身が出演したSF映画『地球に落ちて来た男』からの印象的なワンシーンが用いられています。このアルバムは、その革新的なサウンドと構成で、当時の音楽シーンに大きな衝撃を与えました。

『英雄夢語り (ヒーローズ) ("Heroes")』

三部作の中心に位置づけられるこの作品は、1977年10月14日にリリースされました。録音は1977年の7月から8月という比較的短い期間で集中的に行われました。特筆すべきは、このアルバムの録音場所が、前作『ロウ』でも使用された西ベルリンのハンザ・スタジオ一箇所であったことです。ベルリンの壁のすぐそばに位置するこのスタジオでの録音は、アルバムの持つ独特の雰囲気やテーマに深く影響を与えたと言われています。ジャケット写真は、日本人写真家である鋤田正義氏が撮影した非常に象徴的なポートレートです。クレジットは姓のみで「Sukita」と表記されています。

* 『ロジャー (間借人) (Lodger)』

「ベルリン三部作」を締めくくるアルバムとして、1979年5月18日に発表されました。このアルバムの録音期間は他の二作と比べて長く、1978年9月から翌1979年3月までかかっています。録音が行われたのは、スイスのレマン湖畔にあるモントルーのマウンテン・スタジオと、アメリカ合衆国ニューヨーク市にあるレコード・プラント・スタジオという、前二作の録音場所とは異なる、地理的に大きく離れた二箇所でした。この制作場所の多様性もまた、『ロジャー』が持つ音楽的な幅広い要素に繋がっているのかもしれません。アルバムのジャケットデザインは、アーティストであるデレク・ボシアーによって手掛けられました。

『ロウ』、『英雄夢語り (ヒーローズ)』、『ロジャー』からなるこの「ベルリン三部作」は、デヴィッド・ボウイがブライアン・イーノやトニー・ヴィスコンティといった重要な協力者と共に、音楽の境界線を押し広げ、新たなサウンドを果敢に探求した時期の記念碑的な成果です。各アルバムの革新性は、後の多くのアーティストに影響を与え、これらの作品は今日でもデヴィッド・ボウイの最も重要かつ評価の高い作品群の一つと見なされています。ベルリンだけでなく複数の場所で制作された事実は、当時の彼のグローバルな視点と、芸術的なインスピレーションを求めて世界を移動していた様子を物語っています。

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