ペレアスとメリザンド (フォーレ)

フォーレの『ペレアスとメリザンド』：劇音楽から管弦楽組曲へ

ガブリエル・フォーレが作曲した『ペレアスとメリザンド』（Pelléas et Mélisande）は、モーリス・メーテルリンクの戯曲のために書かれた劇付随音楽であり、その中から抜粋された管弦楽組曲としても知られています。現在では、組曲版が演奏されることが一般的です。

劇付随音楽の誕生

1893年にパリで初演されたメーテルリンクの戯曲『ペレアスとメリザンド』は、1895年にはロンドンでも上演されました。この戯曲を英訳し上演を企画したイギリスの女優パトリック・キャンベルは、1898年3月から4月にかけてロンドンに滞在していたフォーレに音楽を依頼しました。

依頼を受けたフォーレは、1898年4月にフランスに戻ります。当時フォーレは、パリ音楽院で作曲科のクラスを担当しており、地方の音楽院視察や音楽院フルート科の課題曲の作曲、マドレーヌ寺院でのオルガニストとしての仕事に追われていました。多忙を極める中、フォーレは実質1ヶ月という短期間で音楽を作曲し、オーケストレーションは弟子のシャルル・ケクランに委ねました。フォーレはケクランに細かく指示を与え、19の小品からなる劇付随音楽を完成させました。

1898年 6月21日、ロンドンのプリンス・オブ・ウェールズ劇場で、ジャック・W・マッカイルによる英訳版の『ペレアスとメリザンド』が上演され、フォーレ自身の指揮で音楽が初演されました。この時のオーケストラ譜は、アルフレッド・コルトー、ロベール・レーマン、ナディア・ブーランジェ、ジャン＝ミシェル・ネクトゥーといった人物を経て、現在はフランス国立図書館に保管されています。

管弦楽組曲作品80

1898年から1900年秋にかけて、フォーレは劇付随音楽の中から「前奏曲」、「糸を紡ぐ女」、「メリザンドの死」の3曲を選び、管弦楽組曲としてまとめました。この際、ケクランによるオーケストレーションに手を加え、小編成のオーケストラから二管編成に拡大しました。

組曲版は1901年2月3日、カミーユ・シュヴィヤール指揮コンセール・ラムルー管弦楽団によって初演されました。しかし、フォーレはこの初演に不満だったようで、妻に宛てた手紙に「糸を紡ぐ女はとにかく速すぎる」と書き残しています。しかし、「糸を紡ぐ女」は好評で、初演時にはアンコールされています。

その後、フォーレはさらに「シシリエンヌ」と「メリザンドの歌」の2曲を加え、5曲構成の組曲としました。現在では、この5曲版が演奏されることがほとんどですが、「メリザンドの歌」が声楽を伴うため、この曲を除いた4曲構成で演奏されることもあります。また、オリジナルの劇付随音楽から小品を追加して演奏されることもあります。

フォーレの他の作品と同様、この組曲も演奏効果という点では地味ではありますが、内容的な充実度から、フォーレの中期を代表する傑作とされています。組曲版は、フォーレの理解者であり、当時盛んであったサロンの主催者でもあった、エドモン・ド＝ポリニャック公爵夫人に献呈されました。

組曲版の編成と構成

組曲版は、フルート2、オーボエ2、クラリネット2（A、B♭管）、ファゴット2、ホルン4（F管）、トランペット2（F管）、ティンパニ1対、ハープ、弦五部、そして「メリザンドの歌」には声楽が加わります。

組曲の各曲は、「シシリエンヌ」を除いて、動機的に密接に繋がっています。

前奏曲（Prélude）: ト長調、3/4拍子。Quasi adagio。劇付随音楽の第1曲。弦楽器によって、メリザンドを表す主題が静かに奏でられます。後半には、ゴロー（メリザンドの夫）を暗示するホルンの響きが聴かれます。
糸を紡ぐ女（Fileuse）: ト長調、3/4拍子。Andantino quasi allegretto。劇付随音楽の第10曲。第3幕でメリザンドが糸を紡ぐ場面の音楽です。弦楽器による細かい音型に乗って、オーボエが愛らしい旋律を奏でます。この音楽は、後の歌劇『ペネロープ』の最初の糸紡ぎの場面でも、よく似た形で用いられています。
メリザンドの歌（Chanson de Mélisande）: ニ短調、3/2拍子。Lent。劇付随音楽の第11曲。「糸を紡ぐ女」に続く、ソプラノまたはメゾソプラノ独唱による歌です。歌詞は英語で、「王の3人の盲目の娘たち」（The King's three blind daughters）が歌われます。
シシリエンヌ（Sicilienne）: ト短調、6/8拍子。
メリザンドの死（La Mort de Mélisande）: ニ短調、3/4拍子。Molto adagio。劇付随音楽の第17曲。第5幕への前奏曲として、メリザンドの死を予告する葬送の音楽です。

フォーレとドビュッシー

メーテルリンクの戯曲『ペレアスとメリザンド』に触発され、オペラを作曲しようとしたのが、クロード・ドビュッシーです。ドビュッシーは、戯曲が初演された1893年からオペラの作曲に取りかかり、1898年頃にはほぼ完成していました。女優のパトリック・キャンベルは、ドビュッシーにも劇付随音楽の作曲を依頼しましたが、ドビュッシーはこれを断りました。そのため、キャンベルはフォーレに依頼することになったのです。

ドビュッシーは、この件について「彼らの公演に私の音楽は向いていない。（彼らの公演は）詰め込みすぎで混乱しており、鈍重だ。それに、フォーレが『ペレアス』を手がけたからと言ってなにができよう。俗物で間抜けな連中にはうってつけの音楽家だろうが。」と手紙に書いています。当時、ドビュッシーはフォーレをサロン音楽の代表者とみなして、厳しく批判していました。

ドビュッシーは、フォーレの付随音楽による上演も観ており、「糸を紡ぐ女は、まるで温泉場のホステスのようだ」と評しています。ドビュッシーのオペラでは、実際に糸を紡ぐ女の場面はカットされています。こうした改変は、原作者のメーテルリンクの不満を買い、原作を歪曲するものだとして裁判沙汰にまで発展しました（結果はドビュッシーの勝訴）。また、オペラの出演者をめぐっても、ドビュッシーとメーテルリンクの間で争いが起こっています（これもドビュッシーの勝訴）。

このような経緯を経て、ドビュッシーのオペラが初演されたのは、フォーレの初演から4年後の1902年でした。

しかし、ドビュッシーからフォーレに宛てた手紙には、「わが親愛なる友の先生へ」という丁寧で親しげな言葉が使われており、人間関係においては必ずしも敵意を抱いていたわけではなかったと考えられます。

外部リンク

ペレアスとメリザンド作品80の楽譜) - 国際楽譜ライブラリープロジェクト。PDFとして無料で入手可能。

もう一度検索