ホセ・マセダ

ホセ・マセダ（José Maceda、1917年 1月31日 - 2004年 5月5日）は、フィリピン出身の作曲家であり、傑出した民族音楽学者です。彼は生涯を通じて、故郷フィリピンを含む東南アジアの音楽文化を深く研究し、その知見を基に独創的な現代音楽作品を生み出しました。

生涯と活動

マニラで生まれたマセダは、幼少期から音楽に親しみ、パリのエコール・ノルマル音楽院でピアノ、作曲理論、そしてアナリーゼを学びました。フィリピン帰国後はピアニストとして活動しましたが、次第に学術的な探求へと関心を移し、アメリカ合衆国に渡ります。コロンビア大学で音楽学を、さらにノースウェスタン大学では人類学を専攻し、音楽と文化の関連性について学際的なアプローチを深めました。

彼のキャリアにおいて転機となったのは、1952年頃に始まったフィリピン国内における民族音楽の広範なフィールドワークです。この調査を通じて、彼は西洋音楽とは異なる東南アジアの多様な音楽実践、特に口承による伝統や共同体における音楽の役割に深く触れることとなります。この頃、彼はヨーロッパの電子音楽シーンとも接点を持ちました。1954年頃にはミュジーク・コンクレートの制作を試み、1958年にはパリ国立放送局のスタジオで作品を制作する機会を得ました。ここで、ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、イアニス・クセナキスといった当時の現代音楽を牽引する作曲家たちと交流し、その後の自身の創作活動に大きな影響を受けました。

1963年にはカリフォルニア大学ロサンゼルス校（UCLA）で民族音楽学の博士号を取得し、研究者としての地位を確立します。これと同時期に、彼は作曲活動を本格化させました。自国のマニラでは、エドガー・ヴァレーズや前述のブーレーズ、クセナキスといった革新的な作曲家たちの作品を紹介するコンサートシリーズを企画し、1969年まで指揮や演奏を行いました。これは、フィリピンにおける現代音楽の普及に貢献する重要な取り組みでした。

作品と研究

民族音楽学者としてのマセダは、東南アジア各地でのフィールドワークに基づいた多数の学術論文を発表し、この地域の音楽文化理解に貢献しました。その研究成果は、彼の作曲にも直接的に反映されています。彼はしばしば、東南アジアの伝統的な楽器や演奏法を作品に取り入れました。さらに、彼の作品の顕著な特徴として、大規模な演奏者集団、非伝統的な音源（カセットプレイヤーやラジオ局など）、そして特定の空間での演奏を前提としたサイト・スペシフィックなアプローチが挙げられます。

代表的な作品には以下のようなものがあります。

パグサンバ（Pagsamba, 1968年）: 116人の楽器演奏者、100人の合唱団、25人の男性の声部を要する大規模作品。
カセット100（Cassettes 100, 1971年）: 100台のカセットプレイヤーを使用。
ウグナイヤン（Ugnayan, 1974年）: 20の異なるラジオ局から同時に放送される作品。
ウドゥロッ・ウドゥロッ（Udlot-Udlot, 1975年）: 数百人から数千人もの参加者によって演奏される野外作品。
* スリン・スリン（Suling-Suling, 1985年）: 10本のフルート、10本のバリンビン（竹製楽器）、10面の平面ゴングによるアンサンブル。

1990年代以降は、より伝統的な編成である管弦楽やピアノのための作品も手掛けるようになりました。サントリーホール国際作曲委嘱シリーズのために作曲された管弦楽作品「ディステンペラメント」（Distemperament, 1992年）や、「5台のピアノのための音楽」（1992年）、「2台のピアノと4本の管楽器のための音楽」（1996年）、そして「リズムのない色」（Colors without Rhythm, 1999年）などがこの時期の作品です。また、ガムラン、龍笛、コントラファゴット、打楽器、合唱を組み合わせた「ゴングと竹のための音楽」（Music for gongs and bamboo, 1997年）など、異文化の楽器を融合させた試みも見られます。

交流と評価

マセダは、日本の作曲家である高橋悠治と30年にも及ぶ親密な交流を結んでいました。マセダの著書「ドローンとメロディー／東南アジアの音楽思想」（1989年）は、高橋悠治によって編訳されています。

民族音楽学者としての長年の顕著な功績が認められ、1997年には第2回日経アジア賞を受賞しました。彼の研究と創作は、フィリピンのみならずアジア全体の音楽文化を世界に紹介し、現代音楽の新たな地平を切り拓いたものとして高く評価されています。

ホセ・マセダは、研究者と芸術家という二つの顔を持ち、東南アジアの豊かな音楽伝統と西洋の現代音楽手法を結びつけることで、他に類を見ない独自の音楽世界を築き上げた巨匠として記憶されています。

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