ホルヘ・エリエセル・ガイタン

ホルヘ・エリエセル・ガイタン：コロンビアの悲劇の政治家

ホルヘ・エリエセル・ガイタン・アヤラ（1903年1月23日 - 1948年4月9日）は、コロンビアの政治家であり、その暗殺はコロンビア現代史における重要な転換点となりました。彼は文部大臣（1940年）、労働大臣（1943年‐1944年）、ボゴタ市長（1936年）などの要職を歴任し、民衆からの絶大な支持を得ていましたが、1948年に暗殺され、その死は「ボゴタ暴動」と、その後の「ラ・ビオレンシア（暴力の時代、1948年‐1958年）」と呼ばれる内戦状態を引き起こす遠因となりました。

生い立ちと教育

ガイタンは、1903年にクンディナマルカ県マンタで、白人とインディオの混血として生まれました。11歳から正式な教育を受け始め、コレヒオ・シモン・アラウホ学校で学んだ後、1920年にコレヒオ・マルティン・レストレポ学校で基礎教育を終えました。彼は向学心に燃え、1924年には法律の学位を取得し、後にコロンビア国立大学の教授となりました。さらに、1926年にはイタリアのローマ王立大学で法学の博士号を取得しています。

政治キャリア

ガイタンの政治キャリアは、1919年に当時のマルコ・フィデル・スアレス大統領に対する抗議運動から始まりました。彼は早くから社会正義に関心を抱き、1928年には、カリブ海沿岸のユナイテッド・フルーツ社のバナナ農園で起きた労働者のストライキを支持し、保守党政権によるストライキ弾圧と大虐殺を激しく非難しました。この行動が、1930年の総選挙における自由党の躍進に貢献しました。

1933年、ガイタンは自由党左派を結集し、「国立左翼革命的連合（UNIR）」を創設しました。彼はイタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニの演説技法に影響を受け、そのカリスマ的な弁舌でコロンビアの寡頭政治を批判し、貧しい一般大衆の圧倒的な支持を得ました。1936年には首都ボゴタの市長に就任（6月から8ヵ月間）、自由党のエドゥアルド・サントス政権（1938年‐1942年）下で文部大臣を務めました。しかし、1946年5月の総選挙では、自由党の左傾化を警戒する保守党右派や地主・軍部の支持を得た保守党のマリアーノ・オスピナ・ペレスに敗れました。

1946年の政治危機と非暴力抵抗

16年ぶりに保守党政権が復活すると、自由党政権時代の農地改革で土地を失ったサンタンデール県およびボヤカ県の保守系大地主は、「コントラチェスマ（窮民制圧隊）」と称する準軍事組織を結成し、自由党系農民への迫害と虐殺を開始しました。1946年夏頃から農村部で激化した暴力は多くの農民を都市部に追いやり、ボゴタには3万人の難民が流入しました。ガイタンはあくまでも非暴力の抵抗運動を提唱し、1948年2月にはボゴタで20万人もの市民を集めた平和のためのデモを組織しました。彼は演説で「我々はただ生命と生活を保証してもらいたいとだけ望んでいるのだ」と訴え、3月には警察の暴力に抗議する「沈黙の行進」を組織し、「平和を求める演説」を行いました。しかし、オスピナ政権は自由党の圧力に対し、警察力に頼るようになります。

暗殺、そしてボゴタ暴動

1948年4月、ボゴタで第9回米州会議が開催され、トルーマン・ドクトリンに基づくボゴタ憲章が採択されました。米州連合に代わる常設機構として米州機構（OAS）が設立され、アメリカを盟主とする反共軍事同盟が結ばれました。そのさなかの4月9日午後1時5分頃、ガイタンはエル・ティエンポ新聞社でのキューバ学生団との対談に向かう途中、ボゴタのヒメネス・デ・ケサーダ通りと7番通りの交差点で、4発の銃弾を浴びて暗殺されました。

犯人とされたフアン・ロア・シエラは、犯行直後に激昂した群衆によって殴り殺され、その遺体は街頭に吊るされました。ガイタンの死が全国に伝わると、ボゴタでは大規模な暴動が発生し、それは他の都市にも波及しました。暴動は2日後の11日に保守党政権によって鎮圧されましたが、ボゴタでは136軒の建物が全焼し、市民ら約2000人が死亡しました。その後の弾圧では、1週間に5000人が虐殺されたとも言われています。この事件をきっかけに、コロンビアは「ラ・ビオレンシア（暴力の時代）」と呼ばれる内戦状態に突入しました。

暗殺の真相と後世への影響

暗殺犯が死亡したため、事件の全貌は今なお深い闇に包まれています。外国の共産主義者による扇動説、保守党政権による政敵暗殺説、精神異常者による単独犯行説など、様々な説が提唱されていますが、真相は解明されていません。コロンビアのノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア・マルケスは、事件直後に現場で目撃した光景について、自著で「偽の暗殺犯を群衆に殺させることで、真犯人の身元を永遠に隠すことに成功した」人物がいた可能性を示唆しています。

ガイタンの暗殺は、コロンビアの政治と社会に深い傷跡を残しました。彼の死後、コロンビアは数十年にわたる内戦と暴力の時代を経験し、その影響は現代にも及んでいます。しかし、ガイタンが訴えた社会正義と平等への希求は、今もなお多くのコロンビアの人々の心に生き続けています。

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