ホロフェルネスの首を持つユディト (クラナッハ)

『ホロフェルネスの首を持つユディト』

ルーカス・クラナッハ（父）によって1530年頃に制作された油彩画『ホロフェルネスの首を持つユディト』は、ルネサンス期のドイツ絵画を代表する作品の一つです。この絵画は、『旧約聖書』外典の「ユディト記」に登場するヒロイン、ユディトの物語を主題としています。現在はウィーン美術史美術館に所蔵されており、クラナッハは本作と非常によく似た異作を多数残しています。

「ユディト記」によると、イスラエルの町べトゥリアは、アッシリアの将軍ホロフェルネスに包囲されていました。彼は町の水源を断つという残忍な戦術を取り、住民は苦境に立たされます。そんな中、ユディトという美しい未亡人が立ち上がります。彼女は喪服を脱ぎ、侍女を一人連れて敵陣に乗り込み、ホロフェルネスに取り入ります。「ベトゥリアを見捨てた」と嘘をつき、ホロフェルネスを信用させました。その美貌に魅了されたホロフェルネスは、彼女と酒を酌み交わしているうちに眠り込んでしまいます。ユディトは隠し持っていた刀で彼の首を切り落とし、それを袋に入れてベトゥリアに帰還しました。翌日、将軍を失ったアッシリア軍は戦意を喪失し、撤退。ユディトは町を救った英雄として称えられます。

作品の特徴

この絵画で、クラナッハはユディトを肖像画のように描いています。これは1520年代以降のクラナッハ作品に共通する特徴です。当時のドイツ人画家は、肖像画を描く際、ヴェネツィア派の様式を参考にすることが多かったのですが、本作ではユディトに当時の宮廷風の衣装を着せており、独特の趣を見せています。これは、同時代の宮廷婦人の肖像画とよく似た表現です。

中世の伝統では、ユディトは常に「美徳」を象徴していました。並外れた力を持つホロフェルネスを打ち破った彼女は、サタンを打ち倒す聖母マリアの予型ともみなされました。寓意的には、「節制」の美徳と同一視され、「快楽」という悪徳を克服する存在として捉えられていました。しかし、15-16世紀には、「女のたくらみ」という側面も強調されるようになり、女性の魅惑的な力に対する警告を込めた図像としても解釈されるようになりました。

時代背景

クラナッハがユディトを題材にした作品を多く制作した背景には、当時の政治的・宗教的な状況が深く関わっています。宗教改革を推進しようとした諸侯と、それを認めない神聖ローマ皇帝カール5世との間で対立が激化していた時代でした。クラナッハと彼の工房は1530年頃に集中的に『ホロフェルネスの首を持つユディト』を制作しており、ユディトのイメージはプロテスタントの思想を象徴するものと解釈されることもありました。また、当時、キリスト教国はオスマン・トルコの脅威に常に晒されており、ユディトの英雄的な姿は、信仰を異にするイスラム教のトルコと戦うキリスト教徒を鼓舞するイメージともなり得たのです。

まとめ

『ホロフェルネスの首を持つユディト』は、単なる宗教画にとどまらず、当時の社会情勢や人々の思想を反映した作品です。ユディトの物語は、勇気、美徳、そして政治的なメッセージを内包しており、その多面的な魅力が、時代を超えて私たちを惹きつけます。

参考資料

『クラーナハ展500年後の誘惑』、国立西洋美術館、ウィーン美術史美術館、TBS、朝日新聞社、2016年
『ウイーン美術史美術館絵画』、スカラ・ブックス、1997年
大島力『名画で読み解く「聖書」』、世界文化社、2013年

外部リンク

美術史美術館公式サイト、ルーカス・クラナッハ『ホロフェルネスの首を持つユディト』 (英語)

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