ボスニア・ヘルツェゴビナ併合

ボスニア・ヘルツェゴビナ併合とボスニア危機

1908年10月6日、オーストリア＝ハンガリー帝国は、青年トルコ革命の混乱に乗じてボスニア・ヘルツェゴビナの併合を宣言しました。この出来事は、ヨーロッパの国際関係を大きく揺るがす「ボスニア危機」を引き起こしました。

併合の背景

ボスニア・ヘルツェゴビナは、もともとオスマン帝国の領土でしたが、1878年のベルリン条約によってオーストリア＝ハンガリー帝国の行政管理下に置かれていました。オーストリアは、ロシアとの協調関係を維持しつつ、オスマン帝国のバルカン半島における影響力を排除し、自国の勢力拡大を狙っていました。当時のオーストリア外相エーレンタールは、ロシアとの利害調整が可能であると考え、ボスニア・ヘルツェゴビナの併合をバルカン政策の仕上げと位置づけていました。

一方、セルビアは、親ロシア的な政権が成立したことでオーストリアとの関係が悪化していました。セルビアは大セルビア主義を掲げ、アドリア海への出口を求めており、セルビア人が多く住むボスニア・ヘルツェゴビナへの進出を狙っていました。そのため、ボスニア・ヘルツェゴビナの帰属をめぐり、オーストリアとセルビアの利害は激しく対立していました。

併合宣言とボスニア危機

1908年7月に青年トルコ革命が勃発すると、エーレンタールは、オスマン帝国の影響力がボスニア・ヘルツェゴビナに再び及ぶことを恐れ、併合を急ぎました。ロシアとの間で、オーストリアがロシアの海峡通航権を認める代わりに、ロシアが併合を黙認するという密約を交わし、10月5日に併合を宣言しました。

併合に対し、セルビアは当然のことながら猛反発しました。オーストリアは、これを機にセルビアを分割し、「バルカン問題」を一気に解決しようとしましたが、イギリスとフランスがロシアの海峡通航権を認めなかったため、ロシアはセルビアへの支持を表明せざるを得なくなりました。こうして、セルビア、オスマン帝国、フランスに加え、ロシアが反オーストリアの立場をとり、ヨーロッパは開戦の危機に瀕しました（ボスニア危機）。

しかし、オーストリアは開戦準備が不十分であることを理由に開戦を断念し、ドイツがロシアに圧力をかけた結果、セルビアは併合を承認し、戦争は回避されました。

影響

ボスニア・ヘルツェゴビナ併合は、バルカン半島におけるオーストリアとロシアの協調関係を決定的に崩壊させました。オーストリアは対外戦略をますますドイツに依存するようになり、セルビアでは大セルビア主義が勢いを増し、オーストリアを敵視するようになりました。また、ボスニア・ヘルツェゴビナでは反オーストリアを掲げる「青年ボスニア」運動が台頭し、後のサラエボ事件へとつながっていきます。ロシアはパン・スラヴ主義を掲げて南スラヴ人の運動を支援し、オーストリアとの対立を深めていきました。

ボスニア・ヘルツェゴビナ併合とボスニア危機は、第一次世界大戦の遠因の一つとなり、その後のヨーロッパの歴史に大きな影響を与えました。

参考文献

A・J・P・テイラー 『ハプスブルク帝国 1809〜1918 - オーストリア帝国とオーストリア＝ハンガリーの歴史』〈倉田稔：訳〉 筑摩書房、1987年　ISBN 9784480853707
大津留厚 『ハプスブルク帝国』〈世界史リブレット〉 山川出版社、1996年　ISBN 4634343002
柴宜弘 『ユーゴスラヴィア現代史』 岩波新書、1996年　ISBN 4004304458
南塚信吾（編） 『ドナウ・ヨーロッパ史』〈新版世界各国史〉 山川出版社、1999年　ISBN 4634414902

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