ボルティモアの戦い

ボルティモアの戦い：米英戦争の転換点

1814年9月12日から15日にかけて、アメリカ合衆国メリーランド州ボルティモアで、米英戦争における重要な戦闘、ボルティモアの戦いが行われました。この戦いは、イギリス軍の陸海協働による攻撃をアメリカ軍が防ぎきり、イギリス軍を撤退させたことで、米英戦争の終結へと向かう大きな転換点となりました。

特に、25時間に及ぶイギリス海軍の艦砲射撃に耐え抜いたマクヘンリー砦の守備隊と、その砦に翻る星条旗を見て感動したフランシス・スコット・キーが書いた詩「星の煌く旗」は、この戦いを語る上で欠かせない要素です。

戦いの背景

米英戦争は開戦から2年が経過し、カナダ戦線では両軍とも決定的な戦果を上げられず、膠着状態にありました。両国は停戦を模索していましたが、交渉を有利に進めるため、互いに攻勢に出ようとしていました。

イギリス軍は、ヨーロッパから派遣された歴戦の部隊がカナダに到着したことで、それまでの受身の姿勢から一転、積極的な攻撃に転じました。1814年8月24日には、ブラーデンスバーグの戦いでアメリカ軍を破り、首都ワシントンD.C.を占拠、主要な公共建築物を焼き払いました。その後、イギリス軍は、アメリカ軍に最後の打撃を与えるべく、次の標的をボルティモアに定めました。ボルティモアは、当時繁栄していた港町で、イギリス船を苦しめていたアメリカの私掠船の多くが、ここを母港としていたからです。

イギリス軍は、ロバート・ロス少将率いる陸軍がノースポイントからボルティモアを攻撃し、アレクサンダー・コクレイン副提督率いる海軍がボルティモア港の要衝であるマクヘンリー砦を包囲するという、陸海協働作戦を計画しました。この攻撃と同時期に、ニューヨーク州北部では、カナダ総督のジョージ・プレボスト中将が南下を開始しており、南北からの挟撃でアメリカの中心部を分断する戦略が立てられていました。

戦闘の経過

ノースポイントでの戦闘

9月12日、イギリス軍5,000名は、ボルティモア市南東のチェサピーク湾に突き出た半島、ノースポイントに上陸しました。進軍を開始したイギリス軍は、ベア・クリーク付近でジョン・ストリッカー准将が指揮する3,200名のアメリカ軍の激しい抵抗を受けました。この戦闘で、イギリス軍の指揮官であるロス少将がアメリカ軍狙撃兵の銃撃により戦死しました。アーサー・ブルック大佐が指揮を引き継ぎ、アメリカ軍を後退させ、ボルティモア市内からわずか3kmの地点まで進軍しました。ボルティモアを守るアメリカ軍の指揮官は、メリーランド州民兵の士官であり、アメリカ合衆国上院議員でもあったサミュエル・スミス少将でした。ボルティモアは要塞化され、豊富な物資と15,000名の民兵を擁しており、イギリス軍の攻撃を凌ぎました。ブルックは、攻撃の成功には海軍からの支援が不可欠であることを認識し、進軍を一時停止し、海軍の動きを待つことにしました。

マクヘンリー砦の攻防

マクヘンリー砦には、ジョージ・アーミステッド少佐が指揮する約1,000名のアメリカ軍兵士が、イギリス海軍の攻撃に備えていました。ボルティモア港の入り口には商船が沈められ、イギリス艦船の進入を妨げるように防御が強化されていました。

イギリス海軍による艦砲射撃は、9月13日の朝に開始されました。イギリス艦隊は19隻の艦船で構成され、コングリーヴ・ロケット弾を発射できるHMSエレバス、迫撃砲を搭載したHMSテラー、HMSボルケイノ、HMSメテオ、HMSデバステイション、HMSエトナなどが含まれていました。砦からも大砲で応戦しましたが、イギリス艦隊は一旦射程外に退避した後、艦砲射撃を再開し、その攻撃は25時間に及びました。1,500発から1,800発の砲弾が砦に向けて発射されましたが、砦への被害は比較的軽微でした。

夜間、コクレインは小舟で砦の西側に上陸部隊を送り込みました。これは、砦の防御が手薄な場所から侵入し、東側のスミス将軍率いるアメリカ軍を攪乱する陽動作戦でした。しかし、暗闇と悪天候のため、この作戦は失敗に終わりました。9月14日の朝、マクヘンリー砦の上には、地元旗製作業者メアリー・ピッカースギルが1年前に縫製した、巨大なアメリカ国旗が翻っていました。コクレインとブルックは、もはや勝利の見込みがないことを悟りました。

戦いのその後

ブルック大佐の軍は撤退し、コクレイン提督の艦隊は再編成後、次の攻撃目標であるニューオーリンズへ向かいました。両軍の損失はほぼ互角でしたが、イギリス軍を撤退させたことで、アメリカ軍の戦略的勝利と評価されています。また、北部でも9月11日にプラッツバーグの戦いでイギリス軍が敗退したことで、大西洋岸での作戦を断念せざるを得なくなり、米英戦争は停戦交渉へと向かいました。

マクヘンリー砦のアーミステッド少佐は、この戦いの功績により中佐に昇進しましたが、戦いの準備で心身を酷使したことが原因か、3年後、38歳で亡くなりました。この戦いを記念して、マクヘンリー砦は「アメリカ合衆国のナショナル・モニュメントと歴史的聖地」に指定されています。

星の煌く旗の誕生

アマチュアの詩人であったアメリカ人弁護士フランシス・スコット・キーは、イギリス軍に捕らえられていたウィリアム・ビーンズ博士の釈放を求めてイギリス軍を訪れていました。キーは、ビーンズ博士の手当てに感謝するイギリス軍将校の手紙を見せ、ビーンズ博士の釈放を認めさせました。しかし、マクヘンリー砦が攻撃されている最中だったため、キーは戦闘が終わるまでイギリス軍に留まることになりました。キーは、ポタプスコ川に浮かぶ船の上から戦闘の様子を見守っていました。9月14日の朝、キーはマクヘンリー砦に翻るアメリカ国旗を見て深く感動し、その光景を詩に書き留めました。その詩は、イギリスの酒飲み歌「天国のアナクレオンへ」のメロディーに合わせて作られました。キーがボルティモアに戻ると、その詩は小冊子として印刷され、「マクヘンリー砦の守り」と題されました。この詩が後に「星の煌く旗」として知られるようになり、1931年にアメリカ合衆国の国歌に制定されました。

参考文献

George, Christopher T., Terror on the Chesapeake: The War of 1812 on the Bay, Shippensburg, Pa., White Mane, 2001, ISBN 1-57249-276-7
Pitch, Anthony S.The Burning of Washington, Annapolis: Naval Institute Press, 2000. ISBN 1-55750-425-3
Whitehorne, Joseph A., The Battle for Baltimore 1814, Baltimore: Nautical & Aviation Publishing, 1997, ISBN 1-877853-23-2

関連項目

米英戦争
米英戦争の大西洋戦線
フォートマクヘンリー

もう一度検索