ボーイ (アルバム)

U2 - Boy

『ボーイ』（Boy）は、アイルランドを代表するロックバンド、U2が1980年に発表したデビューアルバムです。母国アイルランドで既に一定の人気を獲得していた彼らが、この作品とそれに伴うライブ活動を通して、国外へとその存在を知らしめる重要な一歩となりました。特にイギリス国内での評価に加え、アメリカ東海岸の大学チャートなどからも注目を集め始めました。

プロダクションとレコーディング

当初、プロデューサーには先行シングル「イレブン・オクロック・ティック・タック」を手がけたマーティン・ハネットが予定されていました。しかし、ハネットがプロデュースしていたジョイ・ディヴィジョンのボーカル、イアン・カーティスの死去や、彼の個性の強いサウンドがU2のメンバーに敬遠された可能性、さらに当時の薬物問題を抱えていたことなど、様々な要因が重なり、この計画は実現しませんでした。

代わりに白羽の矢が立ったのが、当時ピーター・ガブリエルやXTCなどの作品で注目を集めていた若きプロデューサー、スティーヴ・リリーホワイトでした。U2から送られてきたデモテープの音質の悪さに、最初はプロデュースを断ろうと考えていたリリーホワイトですが、コークでのU2のライブを観て考えを改めます。彼はその場でボノの圧倒的な情熱を目にし、「荒地に転がるダイヤモンド」のような才能を感じ取ったと語っています。

レコーディングは、ダブリンのウィンドミル・レーン・スタジオで行われました。当時のアイルランドのスタジオはトラディショナル音楽向けが主流で、多くの人気バンドがロンドンなど国外でレコーディングする中、U2は地元を選んだのです。アルバムに収録された楽曲の多くは、レコーディング以前から既にライブで演奏されていたものですが、リリーホワイトと共にアレンジを加え、新たな楽曲も生み出されました。

リリーホワイトは年下のメンバーをうまくリードしましたが、当時の彼らの成功を確信していたわけではなかったようです。彼はU2をエコー＆ザ・バニーメンやザ・ティアドロップ・エクスプローズといった同時代のバンドと比較し、「一言で言ってイケてなかった」と正直に振り返りつつも、彼らのサウンドと精神性、そして「負けないこと」を考えるその姿勢に惹かれたと述べています。特にボノの声については「ロック・シンガーではなく、エレクトリック・ギターをバックに歌うフランク・シナトラのようだ」と評し、ジ・エッジが一本のギターで多様なサウンドを生み出したことに驚きを示しています。

ボノ自身は、この頃は歌詞にあまり関心がなく、マイクの前で思いつくままに言葉を並べる「ボノ語」と呼ばれるスタイルでした。彼が自覚的に歌詞の世界を深めていくのは、後の『ヨシュア・トゥリー』の頃からとなります。

完成したアルバムは、リリーホワイト独特の空間的なサウンド処理が、冷たくも澄んだ雰囲気を醸し出しています。そこに、少年が大人へと成長していく過程で抱えるナイーブな戸惑いや感情が、ボノの歌声に乗せられています。オープニングを飾る「アイ・ウィル・フォロー」は、14歳で亡くした母親への想いを込めた曲として知られ、現在に至るまでライブで頻繁に演奏される定番曲です。ちなみに、B面曲も含め、『ボーイ』に収録された全ての楽曲が、これまでに一度はライブで演奏された経験があるという、U2のアルバムの中では唯一の作品でもあります。スティーヴ・リリーホワイトは、本作からサードアルバム『WAR(闘)』まで、U2のプロデュースを継続することになります。

ジャケット

アルバムのジャケット写真はヒューゴ・マクギネスが撮影し、装丁はスティーブ・アブリルが手がけました。モデルの少年は、U2の幼馴染であり、後にヴァージン・プルーンズのメンバーとなるグッギの弟、ピーター・ローウェンです。彼は現在写真家として活動しています。

しかし、このオリジナルのジャケットは、北米市場では変更されました。バンド名やアルバムタイトルが表示されていないこと、そして少年を写したデザインが児童性愛を想起させる可能性があるというレコード会社の懸念からです。北米盤では、メンバー4人の写真に差し替えられましたが、インナースリーブにはピーターの写真が残っていました。この変更により、オリジナルのジャケットを求めるゲイのファンが輸入盤をこぞって手に入れたという逸話が残っています。2008年にリリースされた『ボーイ』のデラックス・エディションでは、北米でもオリジナルのジャケットが再び採用されました。

収録曲に見る世界観

アルバムの収録曲には、少年期の様々な感情や経験が反映されています。「トワイライト」は、少年から大人への不安定な時期をトワイライト・ゾーンになぞらえたもので、歌詞中の言葉が当時のアイルランドとUK/USで異なる俗語として解釈された結果、ゲイのファンを多数獲得するきっかけの一つとなりました。「アン・キャット・ダブ」は、ボノが一時的に別れていた恋人以外の女性との関係を「黒猫」に喩えた比喩的な楽曲です。「アウト・オブ・コントロール」は、生まれることや死ぬことといった、自身では制御できない人生の重要な局面について歌われており、ボノが18歳の誕生日に着想を得たと言われています。「ストーリーズ・フォー・ボーイズ」は、映画やテレビのヒーローに憧れるあまり大人になりきれない少年の姿を描写しており、これも「トワイライト」と同様にゲイの歌として解釈されることがありました。「ジ・オーシャン」には、海を眺めながら自身の未来に想いを馳せる少年（ボノ自身）が描かれており、オスカー・ワイルドの作品への言及も見られます。「ジ・エレクトリック・カンパニー」は、電気ショック療法といった当時の非人道的な精神医療に対する怒りを込めた楽曲です。「シャドウズ・アンド・トール・トゥリーズ」は、ウィリアム・ゴールディングの小説『蝿の王』からタイトルを借用しており、大人になりたくないという想いや、近代的な建築がコミュニティを破壊する様子を描いています。

Boyツアー

本作発表後の「Boyツアー」は、U2にとって初の本格的な国際ツアーとなりました。まだ持ち曲が少なかったため、『ボーイ』収録曲のほとんどが演奏され、中には複数回演奏される曲もありました。ツアーが進むにつれて、『アイリッシュ・オクトーバー』に収録されることになる楽曲や、未発表曲も披露されるようになります。特に過酷だったアメリカツアーを粘り強く細かく回ったことで、着実にファンベースを築き上げました。ツアー最終日のロンドン公演後には、ブルース・スプリングスティーンとピート・タウンゼントが楽屋を訪れ、メンバーを激励するという印象的な出来事がありました。この時期のライブ音源は、『Live From Boston 1981』として公式にリリースされています。

評価

『ボーイ』は、発表当時から高い評価を受けました。アイルランドの音楽雑誌『ホットプレス』では年間ベストアルバムに選ばれ、読者投票でも複数の部門で1位を獲得しています。イギリスの音楽メディアでも年間ベストリストにランクインするなど、そのサウンドとエネルギーは広く認められました。時代を経てもその評価は揺るがず、多くの「オールタイムベストアルバム」リストに名を連ねています。特に『ホットプレス』が選ぶオールタイムベストアイリッシュアルバムで1位を獲得するなど、アイルランド音楽史においても極めて重要な作品と位置づけられています。

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