マイラ (ギリシア神話)

マイラ（Maera）

ギリシア神話において、「マイラ」という名前は、複数の異なる存在を指すために用いられます。代表的なのは、忠実な一匹の犬、巨人アトラースの娘、そしてペロポネーソス地方の王女とされる人物です。これらのマイラは、それぞれ異なる神話や系譜、運命を持っています。

イーカリオスの愛犬マイラ

ある神話に登場するマイラは、アッティカ地方の人物イーカリオスの愛犬でした。イーカリオスは、酒神ディオニューソスからぶどうとワインの製法を授けられた人物です。彼がワインの素晴らしさを人々に伝えようと羊飼いたちに振る舞った際、彼らは酩酊状態を毒によるものと誤解し、イーカリオスを殺害してしまいました。

イーカリオスの娘エーリゴネーは、父の行方を捜して放浪します。そのとき、忠犬マイラはイーカリオスが葬られた場所へとエーリゴネーを導きました。父の悲劇的な死を知ったエーリゴネーは、悲嘆のあまり自ら命を絶ちます。

神々は彼らの悲劇を悼み、星々の間にその姿を留めました。イーカリオスはうしかい座、エーリゴネーはおとめ座、そして忠犬マイラは明るい星シリウス（おおいぬ座の一部）になったとされています。ただし、マイラがこいぬ座になったとする別の伝承も存在します。この神話は、アッティカ地方で行われた祭祀とも関連付けられています。

巨人アトラースの娘マイラ

別の伝承に登場するマイラは、天空を背負う巨人アトラースの娘の一人です。彼女はアルカディア地方のテゲアーの王テゲアーテースと結婚し、スケプロス、レイモーン、キュドーン、アルケーディオス、ゴルテュスといった息子たちをもうけました。彼女の子供たちは、後にアルカディア地方の地名や都市名の由来となったと伝えられています。

マイラの埋葬地については複数の伝承があります。テゲアーのアゴラ（広場）に夫テゲアーテースと共に葬られたとする説がある一方、マンティネイアに葬られたとする説も存在します。アトラースの娘としてのマイラは、英雄や王たちの母として、系譜学的な重要性を持っています。

プロイトスの娘マイラ

さらに別の神話では、マイラはペロポネーソス地方コリントス王家の出身であるプロイトスの娘とされています。プロイトスは、賢王として知られるシーシュポスの子孫にあたります。

このマイラは、ホメーロスの叙事詩『オデュッセイアー』において、冥界を訪れたオデュッセウスが見た高貴な女性たちの一人としてその名が挙げられています。

彼女の生涯については、異なる伝承が伝えられています。ある説によれば、マイラは生涯処女を貫き、そのまま世を去ったとされています。これは古代の文献『ノストイ』（トロイア戦争からの帰還を描いた叙事詩）に語られていたと、旅行家パウサニアースは記しています。

しかし、これとは異なる、より劇的な伝承も存在します。この説によれば、マイラは最高神ゼウスとの間にロクロスという息子をもうけました。マイラは本来、純潔の女神であるアルテミスの従者の一人でしたが、ゼウスとの間に子をなしたためにアルテミスの怒りを買い、その手によって射殺されてしまったとされています。この伝承は、神々の厳格な規律と、それに背いた者への懲罰を描く神話の一例と言えます。

これらの異なるマイラの物語は、ギリシア神話の多様性と、同一名称を持つ複数のキャラクターが存在する複雑さを示しています。

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