マイルズ・バーニェト

マイルズ・フレデリック・バーニェト：古代ギリシア哲学研究の巨人

マイルズ・フレデリック・バーニェト（1939年1月1日 - 2019年9月20日）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍した、イギリスを代表する古代ギリシア哲学研究者です。プラトン研究において世界的な権威として知られ、その研究は現代哲学にも多大な影響を与えました。

ロンドンからケンブリッジ、そして世界へ

ロンドンに生まれ、第二次世界大戦下の疎開生活を経て、バーニェトはブライアンストン・スクールを卒業。その後、イギリス海軍で兵役を務め、ロシア語通訳の訓練を受けました。この経験が、後に彼のロシア文化への深い関心を育むことになります。ケンブリッジ大学キングス・カレッジで古典学と哲学を学び、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン（UCL）大学院でバーナード・ウィリアムズに師事した後、UCL、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学オール・ソウルズ・カレッジなどで教鞭を執りました。

彼の学問的活動は、イギリスにとどまりませんでした。ハーバード大学、カリフォルニア大学バークレー校、パリ大学など、世界中の名門大学で講義を行い、国際的な研究ネットワークを築きました。ソ連崩壊前後にはロシアを訪問し、1980年には日本を訪れ、日本の研究者との交流も深めました。2010年には慶應義塾大学で開催された国際プラトン学会大会にも参加しています。

アリストテレス研究と現代哲学への貢献

バーニェトの研究は多岐に渡り、プラトン研究のみならず、アリストテレス研究、さらには現代哲学にも大きな足跡を残しました。特に、アリストテレスの倫理思想や認識論に関する研究は高く評価されています。彼は、アリストテレスを心の哲学における機能主義の先駆者とみなすリチャード・ソラブジらの説に対して批判を加え、学界に大きな論争を引き起こしました。また、近世の観念論やブレンターノの志向性論とギリシア哲学を比較検討するなど、独自の視点から古代哲学を現代哲学と繋げる試みも行っており、分析哲学の伝統に連なる人物と評されることもあります。

さらに、プラトン対話篇『テアイテトス』やセクストス・エンペイリコスの認識論・真理論の研究、ミヒャエル・フレーデとの共同研究による『第七書簡』偽作説なども広く知られています。

シュトラウス批判と国際的な影響力

バーニェトは、アメリカで崇拝されていた政治哲学者レオ・シュトラウスのプラトン解釈を、権威ある書評誌『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』で批判しました。シュトラウスの解釈を全面的に誤りと断じるその書評は、シュトラウス派から反論を巻き起こしましたが、同時に同業者からの支持も得ました。このエピソードは、彼の学問的影響力がいかに大きかったかを示しています。

数々の栄誉と弟子たち

バーニェトの功績は、数々の栄誉によって裏付けられています。イギリス学士院会員、アメリカ芸術科学アカデミー外国人会員、大英帝国勲章コマンダーなど、多くの賞を受賞。2016年には、戦後英語圏における最も偉大な古代ギリシア・ローマ哲学研究者として選出されました。彼の教えを受けた弟子たちは、世界各地で活躍しており、その学問的影響は今もなお続いています。

私生活と晩年

バーニェトは生涯を通じて複数の女性と結婚し、離婚を経験しました。晩年は認知障害の兆候が見られましたが、パートナーのマーガレット・ベントらの献身的な介護によって穏やかな日々を過ごしました。2019年に逝去しました。

バーニェトのレガシー

マイルズ・フレデリック・バーニェトは、単なる古代ギリシア哲学研究者ではなく、現代哲学に影響を与えた稀有な学者でした。彼の学問的貢献、国際的な活躍、そして弟子たちへの影響は、現代の哲学研究に大きな足跡を残しています。彼の著作や研究は、これからも多くの研究者や学生たちにインスピレーションを与え続けることでしょう。

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