マカリアー

マカリアー

マカリアー（古希: Μακαρία, Makariā）は、ギリシア神話に登場する女性です。偉大な英雄ヘーラクレースと、その妻デーイアネイラの間に生まれた娘であり、多くの兄弟姉妹を持つヘーラクレイダイ（ヘーラクレースの子孫たち）の一員として知られています。

彼女の物語で最も語られるのは、ヘーラクレースが亡くなった後、ヘーラクレイダイが経験した過酷な運命の中で、自らの命を投げ出して一族を救った自己犠牲の行為です。

ヘーラクレイダイの苦難と逃避

ヘーラクレースの死後、その子孫であるヘーラクレイダイは、かつてヘーラクレースに仕え、彼を憎んでいたミュケーナイ王エウリュステウスから執拗な迫害を受けます。安住の地を求めて各地をさまよったヘーラクレイダイは、最終的にアッティカ地方、具体的にはマラトーンの地にたどり着き、アテーナイ王デーモポーンのもとに保護を求めます。

デーモポーン王は彼らを受け入れ、エウリュステウス率いる追跡軍との対決を決意しますが、戦いを前にしてアテーナイに古くから伝わる神託を伺うと、勝利するためには冥府の神ハーデースの妃、ペルセポネーに対し、高貴な家柄の娘を生贄として捧げなければならないという厳しい啓示が下されました。

自己犠牲の決断

この神託の内容を知ったヘーラクレイダイと彼らを庇護するアテーナイの人々の間に動揺が広がります。一族の中から生贄となる娘を選ばねばならないという状況の中、マカリアーは自ら進んでその身を差し出すことを決意しました。彼女は、愛する家族や一族が救われるためには、自分の命を犠牲にすることを厭わないと表明したのです。

エウリーピデースの悲劇『ヘーラクレースの子供たち』より

劇作家エウリーピデースの作品では、マカリアーの決断がより詳細に描かれています。彼女の叔父であり、老いた忠実な従者であるイオラーオスは、公正を期すためにヘーラクレイダイの娘たちの間で籤引きを行うべきだと主張します。しかし、マカリアーはこれを退けました。彼女は偶然に命運が決まる籤に頼るのではなく、自らの確固たる意思によって一族を救う道を選びたかったのです。そして、神託の要求を満たすため、デーモポーン王の立ち会いの下、ペルセポネーへの生贄としてその命を終えました。エウリーピデースの描写では、彼女は苦しみながらではなく、女性たちの腕の中で安らかに息を引き取ったとされています。これは、彼女の尊い犠牲に対する敬意を示す表現とも解釈できます。

パウサニアスの記述

地理学者パウサニアスの著書『ギリシア記』にも、マカリアーの物語が記されていますが、いくつかの点で違いが見られます。パウサニアスによれば、ヘーラクレイダイがアテーナイへ逃れたのは、デーモポーンの父であるアテーナイ王テーセウスの治世とされています。テーセウスは彼らを快く受け入れ、エウリュステウスからの引き渡し要求を断固として拒否しました。しかし、やはり神託によって勝利のための犠牲が必要とされ、マカリアーが自らの命を捧げることになります。パウサニアスの伝える方法では、彼女は自ら喉をかき切って絶命したとされており、エウリーピデースの描写とは異なり、より壮絶な最期として描かれています。パウサニアスはまた、マカリアーの犠牲によってアテーナイ軍がエウリュステウスの軍に勝利し、ヘーラクレイダイがようやく安全を得たことを述べています。そして、マラトーンにある「マカリアーの泉」は、この自己犠牲を果たした彼女の名に由来すると伝えています。

意義と同名の人物

このように、マカリアーの物語は出典によって細部が異なりますが、ヘーラクレイダイを救うために自らの命を捧げた高潔な娘として共通して語り継がれています。彼女の犠牲は、古代ギリシアにおいて家族や共同体のために自己を犠牲にすることの美徳を示す物語として、後世に大きな影響を与えました。

なお、ギリシア神話には、冥界の神ハーデースの娘にもマカリアーという名の女神が存在すると言われており、混同されることがありますが、一般的にヘーラクレースの娘としてのマカリアーがよく知られています。

マカリアーは、父の英雄的な血を受け継ぎながらも、力ではなく、純粋な自己犠牲の精神によって一族の窮地を救った、悲しくも気高い女性として記憶されています。

もう一度検索