マギステル・ミリトゥム

マギステル・ミリトゥム（軍務長官）

マギステル・ミリトゥム（ラテン語: magister militum）は、帝政後期ローマ帝国において、軍の最高指揮官を指す公職です。日本語では「軍務長官」や「総司令官」と訳されます。この職は、コンスタンティヌス1世（在位：306年 - 337年）の治世に創設され、帝国軍の組織再編において重要な役割を果たしました。

概要

コンスタンティヌス1世は、軍制改革の一環として、歩兵部隊を統括するマギステル・ペディトゥム（magister peditum、歩兵長官）と、騎兵部隊を統括するマギステル・エクィトゥム（magister equitum、騎兵長官）を創設しました。マギステル・ミリトゥムは、これら二つの役職の上位に位置づけられ、帝国全体の軍事力を統括する立場となりました。当初は単独の役職でしたが、コンスタンティヌス1世の後継者たちによって、帝国を分割統治する各行政区に配置されるようになりました。

具体的には、ガリア道、イタリア道、イリュリクム道、オリエンス道といった主要な行政区に、それぞれマギステル・ミリトゥムが置かれました。これにより、各行政区に駐屯する軍隊を効率的に指揮することが可能となりました。ただし、各行政区のマギステル・ミリトゥムは、必ずしも独立した存在ではなく、時には一人の人物が複数の行政区のマギステル・ミリトゥムを兼任したり、より上位の指揮官である「マギステル・ウトリウスクァエ・ミリタエ（magister utriusque militiae）」の指揮下に入ることもありました。

マギステル・ミリトゥムは、機動部隊である「コミタテンセス（Comitatenses）」を指揮する権限を持っていました。コミタテンセスは、帝国各地で発生する反乱や外敵の侵入に対処するための即応部隊であり、マギステル・ミリトゥムの指揮下で迅速な対応が可能でした。特に帝国西方では、マギステル・ミリトゥムは「マギステル・ウトリウスクァエ・ミリタエ」と呼ばれることが多く、実質的に帝国の軍事力を掌握する存在となりました。

帝位を左右する権力者

マギステル・ミリトゥムは、その軍事力を背景に、しばしば帝国の政治に深く関与しました。アルボガステス、スティリコ、アエティウス、リキメルなどは、マギステル・ミリトゥムの地位を利用して、皇帝を操り、帝国の実質的な支配者として君臨しました。彼らは、軍隊を掌握することで、皇帝の廃位や擁立を左右し、自らの権力を確立しました。そのため、マギステル・ミリトゥムは単なる軍事指揮官ではなく、帝国の政治を動かす重要な役割を担うようになりました。

主なマギステル・ミリトゥム

以下に、著名なマギステル・ミリトゥムの一部を挙げます。

フラウィウス・バウト（383-385/8年）
アルボガスト（385/8-394年）
フラウィウス・スティリコ（383-408年） - マギステル・ウトリウスクァエ・ミリタエ
フラウィウス・コンスタンティヌス（411-421年）
フラウィウス・アエティウス（433-454年）- ガリア道のマギステル・ミリトゥムを兼任（425–430年）
アウィトゥス（455-456年）
リキメル（456-472年）
フラウィウス・オレステス（475-476年）
アラリック1世（395-？年）- イリリクム道のマギステル・ミリトゥム
ユリウス・ネポス（468-474年）- イリリクム道のマギステル・ミリトゥム
リコメル（383年） - オリエント道のマギステル・ミリトゥム
アスパル（460年代） - オリエント道のマギステル・ミリトゥム
ゼノン（469-471年） - オリエント道のマギステル・ミリトゥム
ベリサリオス（529-531年、532-533年、542年、549-551年） - オリエント道のマギステル・ミリトゥム
フラウィウス・スティリコ（394–408年） - Praesentalis
ガイナス（399-400年） - Praesentalis

参考文献

南川高志『新・ローマ帝国衰亡史』岩波書店、2013年

関連項目

マギステル・エクィトゥム
* ローマ軍団

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