マグダラのマリア (ペルジーノ)

ペルジーノ作『マグダラのマリア』の詳細解説

ピエトロ・ペルジーノは、盛期ルネサンスを代表するイタリアの画家です。彼の作品『マグダラのマリア』は、1500年頃に制作された油彩画で、現在はフィレンツェのパラティーナ美術館に所蔵されています。この絵画は、『新約聖書』に登場する聖女マグダラのマリアを主題としています。

主題：マグダラのマリアの多様な解釈

マグダラのマリアは、キリスト教において重要な人物ですが、その伝承には複数の解釈が存在します。福音書では、イエスの足に香油を塗った女性、ベタニアのマルタとラザロの姉妹、そしてイエスによって7つの悪霊を追い払われた女性が、異なる人物として描かれています。しかし、西方教会では、これらの女性は同一人物、すなわちマグダラのマリアであると解釈されました。このため、香油壺はマグダラのマリアを象徴する典型的なアトリビュートとなりました。また、懺悔の姿として、十字架や髑髏とともに天を仰ぎ見る姿で描かれることもあります。

作品の特徴

ペルジーノの『マグダラのマリア』は、従来の懺悔の姿とは異なり、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出しています。四分の三正面で描かれたマグダラのマリアは、暗い背景から浮かび上がるように明るく照らされています。頬はバラ色を帯び、ウェーブのかかった黒髪は肩に流れ、淡い光輪で縁取られています。顔を右側に傾け、視線を同じ方向に送る姿は、彼女の静かな内面を表現しているかのようです。

通常、マグダラのマリアは苦悩に満ちた姿で描かれることが多いのですが、この絵画では安らぎを感じさせます。手を重ねる仕草も、その落ち着いた雰囲気を強調しています。ドレスは、愛と悔悛を象徴する緑と赤のボディスで構成され、その上に暗い毛皮のコートを羽織っています。このコントラストが、肌の明るさを際立たせています。

ペルジーノは、当時のフィレンツェで流行していたフランドル風の肖像画様式を取り入れ、マグダラのマリアを身なりが整った美しい女性として描いています。彼女は通常のアトリビュートを持っていませんが、ドレスの胸元に刺繍された碑文から、彼女がマグダラのマリアであることがわかります。この作品は、単なる肖像画ではなく、聖女の理想化された姿を描いたものと言えるでしょう。

モデル：ペルジーノの妻キアラ・ファンチェッリ

ペルジーノは、この作品のモデルとして、自身の妻キアラ・ファンチェッリを使ったと考えられています。キアラは建築家ルカ・ファンチェッリの娘で、1493年にペルジーノと結婚して以来、彼の聖母画のモデルを務めました。絵画の発注に関する記録が残っていないため、1493年が制作年代を決定する際の基準点となっています。

来歴

この作品は、1641年からピッティ宮殿の目録に記載されています。かつてはラファエロ・サンツィオ、フランチャビージオ、ジャコモ・ライボリーニ、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチの作品とされていましたが、19世紀になってイタリアの美術評論家ジョヴァンニ・バティスタ・カヴァルカゼルによって、ペルジーノの作品であると正しく帰属されました。

影響

ペルジーノの弟子であった初期のラファエロ・サンツィオは、師の図像や表現を頻繁に引用しましたが、この作品もラファエロに影響を与えました。特に『聖セバスティアヌス』では、マグダラのマリアと同じように首を傾け、同じ方向を向いている姿が描かれています。また、フィンランドの画家アルベルト・ゲブハルトは、1897年にこの作品の模写を制作しています。

ギャラリー

キアラ・ファンチェッリをモデルにしたとされるペルジーノの絵画は他にも存在し、彼女の美しさが多くの作品を生み出したことが伺えます。

まとめ

ピエトロ・ペルジーノの『マグダラのマリア』は、その美しい描写と静かな雰囲気が魅力的な作品です。この絵画は、マグダラのマリアの伝統的な図像にとらわれず、彼女の内面的な美しさを引き出した傑作と言えるでしょう。また、ペルジーノの妻キアラ・ファンチェッリがモデルである可能性も指摘されており、ルネサンス期の芸術と個人の生活が密接に結びついていたことを示唆しています。この作品は、美術史における重要な位置を占めており、鑑賞者を深く魅了し続けています。

参考文献

『Raffaello ラファエロ』渡辺晋輔責任編集ほか、読売新聞東京本社（2013年）
ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』高階秀爾監修、河出書房新社（1988年）

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