マツダ・シャンテ

シャンテ（Chantez）は、1972年から1976年にかけて東洋工業株式会社（現在のマツダ株式会社）によって製造販売された軽自動車です。マツダは、1960年に軽乗用車市場に参入したR360クーペ、そして本格的な4人乗りモデルである1962年登場の初代キャロルで一時的に軽乗用車分野で有力な地位を築いていました。特にキャロルは、このクラスで初めて4ドアモデルを設定するなど意欲的な展開を見せました。

しかし、1960年代中期以降、マツダがロータリーエンジンを搭載した登録車（小型乗用車）の開発・販売に注力する戦略を採った結果、キャロルは後発の競合他社による高性能モデルの台頭に対して競争力を失っていきました。モデルチェンジのタイミングも逸し、販売が低迷したキャロルは1970年に生産を終えることとなります。

シャンテは、このキャロルの生産終了によってマツダが軽乗用車市場で失った地位を取り戻すべく開発された後継モデルでした。その最大の「切り札」として、当初はシングルローターのロータリーエンジンを搭載する計画が進められていました。これは、キャロルの後期型で試みられたロータリー化の再挑戦でしたが、技術的な課題に加えて、監督官庁や軽自動車業界の他社が軽自動車へのロータリーエンジン採用に消極的な動きを見せたことから、この野心的な目論見は実現に至りませんでした。

結果として、シャンテに搭載されたエンジンは、当時の商用車であるポーターキャブに用いられていた空冷2気筒2ストロークエンジンをベースに、水冷化および高性能化が図られたものでした。車両重量490kgに対して、最大出力35PS/6,500rpmを発揮し、実用上十分な性能を確保していました。このエンジンは、1960年代半ばにオートバイ事業から撤退したブリヂストンサイクル出身の技術者が開発に携わったとされており、マツダのレシプロエンジンとしては珍しい2ストローク方式を採用しています。

車体構造においては、R360やキャロルで採用されていたリアエンジン・全輪独立懸架という特徴的なレイアウトから転換し、フロントエンジン・リアドライブ（FR）方式が採用されました。後車軸にはコスト面に有利なシンプルなリーフスプリングを用いた固定軸が導入されています。ボディタイプはキャロルと異なり2ドアセダンのみでしたが、当時の軽乗用車としては最も長い2,200mmのホイールベースを実現しており、競合車と比較して広い室内空間、特に運転席の足元にはゆとりがありました。また、160mmのスライドが可能なシートや、自然に配置されたペダルなども高く評価されました。実用性も考慮されており、リアシートバックは前方に倒すことが可能で、これにより軽乗用車クラス最大級のラゲッジスペースを確保しました。現在では一般的ですが、当時の軽自動車としては先進的だった左右別々にリアシートバックを倒せる機構も備えていました。カーステレオや吊り下げ式クーラーといった快適装備は、同時期の他モデルと同様にオプション設定でした。

しかし、1973年以降、軽自動車にも排出ガス規制への対応、車検制度の義務化、新たな保安基準といった法規制の強化が相次ぎました。これにより、それまで小型乗用車に対して大きな強みだった価格差が縮小し、軽乗用車市場全体が構造的な斜陽化に見舞われることになります。加えて、この頃になると競合他社は従来の2ドアセダンに加え、4ドアセダンやバンモデルといった多様なボディタイプを展開して商品力を高めていたにもかかわらず、シャンテは旧態依然とした2ドアセダン一本のラインナップに留まっており、販売不振が続く要因となりました。

マツダは、この厳しい状況を打開するため、再びシングルローターのロータリーエンジン（3A型）をシャンテに搭載して市場に投入する計画を温めていましたが、折しも石油危機が顕在化し、ロータリーエンジンの燃費の悪さが大きな問題としてクローズアップされました。この燃費問題への対処という避けがたい課題に直面し、マツダは軽乗用車市場からの撤退という決断を下します（その後、1989年にオートザム・キャロルとして復帰）。これにより、シャンテは360ccエンジンのまま生産・販売を終了することとなり、マツダブランドの軽乗用車は、次のキャロルが登場するまでの約13年間、市場から姿を消すことになりました。

なお、軽トラックであるポーターキャブはシャンテの生産終了後も継続して製造され、1976年の軽自動車規格550ccへの拡大時には三菱自動車工業からエンジンの供給を受けて1988年まで販売が続けられました。

シャンテの型式はKMAA型とされ、販売期間中の主な改良としては、1974年 4月の一部変更で合わせホイールの標準装着が廃止されたこと、1975年1月に黄色ナンバーへの対応に伴いリアの樹脂製ライセンスプレートガーニッシュが撤去されたことなどがあります。

チューニングカーの世界では、RE雨宮がシャンテにマツダ製ロータリーエンジンを移植した「REシャンテ」を製作したことで知られています。これは当初計画されていたロータリーエンジン搭載シャンテへのオマージュともいえる試みで、最終的にはRX-7用の12A型2ローターターボエンジンを搭載し、最高速度229km/hを記録したという伝説も残っています。2016年には、35年ぶりとなるRE搭載シャンテ「スーパーシャンテ 13BNA」として、自然吸気の13B-REエンジンを搭載した車両も発表されています。

車名の「シャンテ（Chantez）」は、フランス語で「歌う」「歌おう」といった意味を持つ言葉です。

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