マリー・ベル

マリー・ベル（Marie Bell）は、20世紀フランス演劇史において重要な位置を占める女優であり、映画界でもその存在感を示した人物です。舞台での卓越した演技に加え、劇場経営者としても手腕を発揮し、第二次世界大戦中のレジスタンス活動にも深く関わりました。ジャック・フェデー監督の『外人部隊』やジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『舞踏会の手帖』といった作品を通じて、日本でもその名が広く知られています。

彼女は1900年12月23日、フランス南西部のボルドー近郊にあるベグルで、本名マリー＝ジャンヌ・ベロンとして生を受けました。父がアイルランド人であったため、幼少期はフランスとイギリスを行き来して過ごしたと伝えられています。当初はダンサーとして活動していましたが、女優コロンナ・ロマノの勧めを受けて演劇の道へと進みました。

演劇の最高学府であるフランス国立演劇学校（コンセルヴァトワール）で学び、1921年にはマドレーヌ・ルノーと共に首席で卒業する栄誉に輝きました。同年、二人揃ってフランス演劇の殿堂、コメディ・フランセーズの準座員（pensionnaire）となり、そのキャリアをスタートさせます。1926年にはアルフレッド・ド・ミュッセ作『若い娘は何を夢みるか』で共演。順調に実力をつけ、1928年には同劇団の正座員（sociétaire）に昇格しました。

コメディ・フランセーズでは、古典から現代劇まで幅広い役柄を演じ、特にジャン・ラシーヌ作『フェードル』のタイトルロール（1941年）や、ポール・クローデル作『繻子の靴』のプルエーズ役（1943年）などが代表的な当たり役として知られています。彼女の舞台での存在感と表現力は多くの観客を魅了しました。

舞台活動と並行して映画への出演も精力的に行い、生涯で約40本の作品に出演しました。日本にも数多くの作品が紹介されており、先に挙げた『外人部隊』や『舞踏会の手帖』のほか、『巴里』、『装へる夜』、『幻の馬車』などが公開されています。

女優としてだけでなく、劇場経営にも乗り出し、1935年からはアンバサドゥール劇場の監督を務めました。さらに特筆すべきは、第二次世界大戦下のナチス・ドイツ占領期における活動です。マリー・ベルはフランス・レジスタンスに参加し、国民劇場戦線の創設メンバーの一人として活動しました。その愛国的功績は高く評価され、後にシャルル・ド・ゴール大統領からレジオンドヌール勲章を授与されています。

1944年のパリ解放後、コメディ・フランセーズの運営委員会委員を務めますが、1945年には劇団の改革方針に異を唱えて一度退団します。しかし、1948年には名誉正座員として復帰し、1954年まで定期的に舞台に立ち続けました。

晩年となる1962年、62歳でジムナーズ座の支配人に就任。ここでも得意の『フェードル』を上演し、アンドレ・マルロー文化相（当時）は1965年に「マリー・ベルのフェードルこそ、フランスの本質を理解するための比類なき機会である」と絶賛しています。1969年にはカンヌ国際映画祭の審査員も務めるなど、その影響力は晩年まで及びました。

私生活では、1953年にコメディ・フランセーズの俳優ジャン・シュヴリエと結婚。夫妻は共同で、マリー・ベルの代表的な役である『フェードル』を映画化（1968年）しています。

マリー・ベルは1985年8月14日、パリ近郊のヌイイ＝シュル＝セーヌで84年の生涯を閉じました。夫と共にモナコの墓地に埋葬されています。彼女の死後、長年支配人を務めたジムナーズ座は、その偉大な功績を称えて「ジムナーズ・マリー・ベル」劇場と改名されました。

主な舞台出演作

『アントニーとクレオパトラ』（ウィリアム・シェイクスピア作）
『ル・シッド』（ピエール・コルネイユ作）
『人間嫌い』（モリエール作）
『フェードル』（ジャン・ラシーヌ作）
『ルイ・ブラス』（ヴィクトル・ユゴー作）
『若い娘は何を夢みるか』（アルフレッド・ド・ミュッセ作）
『鴉の群れ』（アンリ・ベック作）
『シラノ・ド・ベルジュラック』（エドモン・ロスタン作）
『繻子の靴』（ポール・クローデル作）
『秘密』（アンリ・ベルンスタン作）
『ルノーとアルミード』（ジャン・コクトー作）
『囚人ありき』（ジャン・アヌイ作）
『バルコン』（ジャン・ジュネ作）

主な出演劇場：コメディ・フランセーズ、制作座、アンバサドゥール劇場、マドレーヌ劇場、ジムナーズ座、サン＝マロ演劇祭など。

日本に公開された主な映画

『巴里』(1924/1928)
『装へる夜』(1933/1936)
『外人部隊』(1933/1935)
『舞踏会の手帖』(1937/1938)
『幻の馬車』(1939/1940)
『いっちょう頂き』(1963/1967)
『熊座の淡き星影』(1965/1982)

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