マルクス・ウァレリウス・メッサッラ・コルウィヌス

マルクス・ウァレリウス・メッサッラ・コルウィヌス（紀元前64年ごろ - 8年ごろ）は、ローマ共和政の晩年からアウグストゥス帝政初期にかけて活躍した著名な人物です。彼は政治家、軍人として高い地位に上り詰める一方で、文芸の保護者としても重要な足跡を残しました。

若き日のメッサッラは、後に高名な詩人となるホラティウスや、雄弁家キケロの息子である小キケロと共に、当時の学芸の中心地であったアテネで研鑽を積みました。彼は生来の共和主義者であり、伝統的な共和政の理想を深く信奉していましたが、自身の政治的信条を公然と語りすぎないという慎重さも持ち合わせていました。この姿勢が、彼が政敵との決定的な衝突を避ける一因となったと言えるでしょう。

彼の生涯は、共和政が崩壊し、帝政へと移行する激動の時代と重なります。紀元前43年の第二次三頭政治による大粛清では、彼自身も処罰の対象となりましたが、間一髪でローマを脱出し、マルクス・ユニウス・ブルトゥスやガイウス・カッシウス・ロンギヌスといった共和派の指導者たちのもとへ身を寄せました。しかし、紀元前42年のピリッピの戦いで彼らが敗死すると、メッサッラは新たな道を模索せざるを得なくなります。一時はマルクス・アントニウスに接近する動きを見せましたが、やがてオクタウィアヌス（後の初代ローマ皇帝アウグストゥス）の陣営に加わることを決断します。

オクタウィアヌス側についたメッサッラは、その能力を認められ、重要な役割を担うようになります。紀元前31年、アントニウスがローマと敵対する状況下で、彼は補充執政官に選出されました。同年、歴史的なアクティウムの海戦では、オクタウィアヌス率いる軍の一翼として参戦し、勝利に貢献しました。その後、プロコンスル（前執政官）の権限を得て、シリア属州、次いでガリア・アクィタニア属州の総督を歴任します。特にガリアでの軍事的な成功は目覚ましく、紀元前27年にはローマに凱旋し、凱旋式を挙行する栄誉に浴しました。

政治の中枢において、彼はオクタウィアヌスに「国家の父」（パテル・パトリアエ）の称号を贈ることを提唱するなど、新体制への協調的な姿勢も見せました。しかし、彼の根底にあった共和主義的信念との間で葛藤もあったようです。その証左として、首都長官という要職に就任しながらも、わずか6日でその地位を辞任するという異例の行動をとっています。これは、彼が完全に帝政に順応しきれなかったこと、あるいは特定の職務における矛盾を感じたことの現れかもしれません。

メッサッラはまた、公共事業にも積極的に関与しました。ローマ市内の公共建築物の建設や、国内の主要街道の修復といったインフラ整備に率先して取り組み、都市の発展に貢献しました。

彼の生涯におけるもう一つの重要な側面は、文学・芸術の支援者としての顔です。有力者ガイウス・マエケナスのサークルに倣う形で、メッサッラ自身も文学サロンを主宰しました。このサロンには、当時の著名な詩人たちが集いました。特にエレギー詩人のティブッルスや、叙事詩人オウィディウスらはメッサッラから厚い庇護を受け、交流を深めました。オウィディウスは、自身の作品がメッサッラの支援によって世に出たことに感謝し、賛辞を送っています。メッサッラ自身も文学作品を執筆したと伝えられていますが、残念ながらそれらの著作は今日まで残っていません。しかし、その一部は、後の時代の歴史家や作家、例えばスエトニウスやプルタルコスなどによって引用されており、彼の文才の一端をうかがい知ることができます。

マルクス・ウァレリウス・メッサッラ・コルウィヌスは、共和政から帝政への転換期という困難な時代にあって、政治家、軍人、そして文芸の保護者として多岐にわたる活動を展開し、ローマの歴史にその名を刻んだ人物と言えるでしょう。

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