マンチェスターの聖母

ミケランジェロ初期の傑作「マンチェスターの聖母」

『マンチェスターの聖母』として知られるこの絵画は、ミケランジェロ・ブオナローティが15世紀末に制作したテンペラ画です。正式名称は『聖母子と聖ヨハネと天使たち』。ミケランジェロがドメニコ・ギルランダイオの工房での修行を終えた直後の作品で、現存する彼の板絵の中でも最古のものと考えられています。しかし、この作品は未完成のまま放棄されており、その理由は謎に包まれています。

1857年にマンチェスターで開催された美術展に出品されたことで一躍脚光を浴び、以来「マンチェスターの聖母」と呼ばれるようになりました。現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

作品の詳細な描写

絵画には、聖母マリアが天使たちに囲まれ、幼いイエス・キリストと洗礼者聖ヨハネとともに岩の上に座る姿が描かれています。マリアは胸を露わにして我が子に授乳しようとしていますが、キリストは乳房ではなく、マリアが持つ書物を掴もうとしています。マリアは書物の内容を見せたくないかのように、我が子から遠ざけようとしています。この書物は『旧約聖書』であり、キリストの磔刑を予言した「イザヤ書」53章が開かれていると推測されています。

ラクダの毛皮をまとったヨハネは、危うい姿勢で立つキリストを後ろから支え、鑑賞者の方を見つめています。これは、教えへの道を準備するヨハネの役割を示唆していると解釈されています。また、左側の天使たちが調べている巻物は、ヨハネから手渡されたものでしょう。ヨハネは、キリストの磔刑を示唆する言葉「エッケ・アグヌス・デイ」（神の小羊を見よ）が記された巻物と共に描かれることが多いのですが、この絵でも天使たちが持つ巻物にその言葉が記されていると考えられています。

図像的源泉と影響

この絵画には、様々な芸術作品からの影響が見られます。特に天使たちの図像は、ルカ・デッラ・ロッビアが1430年代に制作したオルガン・ロフトの彫刻に影響を受けていると考えられます。また、右端に立つ天使のポーズは、ミケランジェロが後に制作した彫刻『バッカス』と類似しています。ただし、『バッカス』の方がより生き生きとした表現です。

さらに、ミケランジェロの修業時代の同僚であり、生涯の友人であったフランチェスコ・グラナッチの作品との類似性も指摘されています。グラナッチの『エジプトへの逃避と幼児の聖ヨハネ』には、石の多い場所に聖母が座り、キリストが膝の上に乗っている様子、そしてキリストに手を伸ばすヨハネの姿が描かれています。ミケランジェロの絵画に描かれたキリストの手の動きは、グラナッチの絵画に描かれたヨハネの動きを反転させたように見えます。

制作技法と未完の謎

未完であるため、この作品はミケランジェロの技術を直接的に観察できる貴重な例です。左側の天使は、衣服のひだの線と緑色の下塗りによってかろうじて描かれています。ひだの線は下絵をパネルに転写した際のもので、緑色の下塗りは、肌色とのバランスをとるための中央イタリアのテンペラ画の伝統的な技法です。ミケランジェロはこの技法を次第に放棄していきます。

卵テンペラの技法は、聖母のマントをモデリングするハッチングの筆遣いに明確に表れています。卵テンペラの絵具は乾燥が早いため、絵の表面で色を混ぜることができません。異なる色調と明暗は、ハッチングや点描といった筆遣いで塗り重ねる必要があります。この絵画からは、ミケランジェロがテンペラ技法を完璧に習得していたことがわかります。特に、右端の天使の肩や背中から生えている羽毛、キリストのチュニックの縁など、卵テンペラで実現することが難しい繊細な表現が見られます。

制作年代と帰属

ミケランジェロのテンペラ技術は、彼が修行したギルランダイオの工房で用いられていたものと似ています。このことから、この作品はミケランジェロが独立して間もない1490年代初頭にフィレンツェで描かれたと考えられます。グラナッチの『エジプトへの逃避と幼児の聖ヨハネ』の制作年代は不明ですが、ミケランジェロのローマ旅行に関連づける説や、それより少し早い時期とする説など、様々な見解があります。ナショナル・ギャラリーは、この作品の制作年代を1494年頃としています。

この作品の作者については、ミケランジェロの助手であるとか、名前の知られていない追随者や模倣者であるとする説もあります。20世紀後半には、ミケランジェロと同じくギルランダイオの工房出身で、システィーナ礼拝堂でミケランジェロの助手を務めたジュリアーノ・ブジャルディーニの名前がしばしば挙げられました。ロベルト・ロンギは、この作品を架空の「マンチェスターの聖母の画家」の作品としてグループ化しましたが、後にミケランジェロの助手であったピエロ・ダルジェンティであるという説も出ています。

来歴

この作品は、17世紀末にローマのボルゲーゼ庭園でミケランジェロの作品として初めて言及されました。その後、美術商のアレクサンダー・デイが発見し、1833年にロンドンで売却されました。1857年にマンチェスターで開催された美術展で展示されたことで脚光を浴び、1870年にはナショナル・ギャラリーに収蔵されました。

『マンチェスターの聖母』は、ミケランジェロの初期の作品でありながら、彼の卓越した技術と芸術的才能を垣間見ることができる貴重な作品です。未完という点が、作品の制作過程や画家の思考を想像させる興味深い要素となっています。

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