マントヴァーニ

マントヴァーニ（本名アンヌンツィオ・パオロ・マントヴァーニ）は、20世紀半ばに活躍したイギリスの著名な編曲家であり指揮者です。1905年11月15日にイタリアの美しい水の都ヴェネツィアで生を受けました。音楽一家に育ち、ヴァイオリニストであった父の影響を強く受けながら成長しました。

わずか4歳の時に家族と共にイギリスの首都ロンドンへと移住し、その後の活動の拠点をイギリスに置くことになります。プロの音楽家としての第一歩は、ロンドンのメトロ・ポール・ホテルで自身の率いる小編成のサロン・オーケストラでの演奏でした。

彼のキャリアにおける大きな転換期は、1940年にイギリスの大手レコード会社であるデッカ・レコードと契約を結んだことです。この契約は彼の生涯にわたり続き、亡くなるまでの約40年間で実に767曲もの楽曲をレコーディングするという驚異的な活動量を誇りました。この豊富な録音の中から、「シャルメーヌ」「グリーンスリーヴス」「ムーラン・ルージュのテーマ」「80日間世界一周」といった数多くのミリオンセラーヒットが生まれ、彼は一躍世界の音楽シーンで知られる存在となりました。

マントヴァーニの音楽は、ストリングスセクションの豊潤かつ華やかな響きを最大限に引き出したことが特徴です。彼はイージーリスニングというジャンルにおいて揺るぎない第一人者としての地位を確立し、その優美で心地よいサウンドは世界中のリスナーを魅了しました。アメリカの権威あるビルボード誌のチャートでは、残念ながらNo.1ヒットこそありませんでしたが、12曲がチャートインを果たすなど、アメリカでも確かな人気を博していました。

彼のオーケストラサウンドを唯一無二のものにしたのが、「カスケーディング・ストリングス」と称される独特の編曲技法です。この手法は、あたかも滝が流れ落ちるかのような、きらびやかで奥行きのある響きを生み出すことを目指しています。具体的には、通常一体となってメロディを演奏するヴァイオリン・セクションを、4つ程度の独立したパートに分割し、それぞれのパートがメロディの一部を代わる代わる演奏するように編曲します。これにより、どのヴァイオリン・パートもメロディ全体を単独で演奏することはなく、各パートの音が重なり合うことで、楽器本来の響きだけであたかも電気的なリバーブ（残響）効果がかかったような、豊かで広がりを感じさせるサウンドを実現しました。

この革新的な技法は、彼の専属編曲家でありオルガン奏者でもあったロナルド・ビンジによって開発されました。ビンジは、教会でオルガンを演奏する際に得られる自然な残響効果に着想を得て、このカスケーディング・ストリングスのアイデアを生み出したと言われています。この手法は生演奏でも再現可能であり、その音響的な美しさはマントヴァーニ・オーケストラの代名詞となりました。

代表的な録音としては、先述の「シャルメーヌ」（1951年 全米10位）、「ムーラン・ルージュのテーマ」（1953年 全米8位）、「グリーンスリーヴス」（1952年 全米25位）、「80日間世界一周」（1957年 全米12位）といったビルボードチャートイン楽曲のほか、ヒューゴ・アルヴェーン作曲の「スウェーデン狂詩曲 第1番」を編曲した「スウェディッシュ・ラプソディー」などが挙げられます。また、日本のFM東海（現在のTOKYO FM）で長年、放送終了時の楽曲として使用されていた「歌は終わりぬ」も彼の演奏によるものです。

マントヴァーニは音楽技術の発展にも貢献しており、1953年11月4日にはデッカ・レコード社が初めて行ったステレオ録音の実験に、彼の楽団の演奏が用いられました。これは初期のステレオ録音史における重要な出来事です。

世界中の音楽ファンに愛されたマントヴァーニは、1980年3月29日に74歳でその生涯を閉じましたが、彼が残した膨大な数の録音と独特のオーケストラサウンドは、今なお多くの人々に聴き継がれています。

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