マーガレット・プライス

マーガレット・プライス（Margaret Price, 1941-2011）は、20世紀後半を代表するイギリス出身のソプラノ歌手です。ウェールズの地に生を受け、その清澄な声と卓越した音楽性で世界中の聴衆を魅了しました。特にモーツァルト作品の解釈で知られ、リリック・ソプラノのレパートリーを中心に輝かしいキャリアを築きました。

生い立ちとキャリアの始まり

1941年 4月13日、マーガレット・プライスはウェールズのカーディフ近郊にあるブラックウッドで誕生しました。幼少期、彼女の夢は父と同じ自然科学者になることでした。しかし、少女時代に合唱団に入ったことをきっかけに、歌うことの喜びを知り、次第に音楽の道を志すようになります。歌手への道を本格的に目指す一方で、父の意向もあり音楽大学ではなく、ロンドンのトリニティ音楽カレッジへ進学し、音楽教育学を専攻しました。大学では主専攻の傍らで歌唱の研鑽を積みました。キャリアの初期には、メゾソプラノとして指導を受けていた時期もあったといわれています。

イギリスでの成功と国際的な飛躍

トリニティ音楽カレッジ在学中から、彼女の非凡な才能は周囲の注目を集めます。1962年、若くしてウェルシュ・ナショナル・オペラにてモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』のケルビーノ役でオペラ歌手としてデビューを飾りました。翌1963年には、ロンドンの名門コヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラ・ハウスにおいて、出演予定だった歌手の代役として再びケルビーノ役を歌い、その歌唱は批評家から絶賛され、一躍脚光を浴びることとなります。これを機に、イギリス国内を中心にモーツァルトのオペラにおける主要な役柄を次々と歌い、その名声を確立していきました。1967年には、ベンジャミン・ブリテンのオペラ『夏の夜の夢』にも出演するなど、レパートリーを広げました。

国際的な活躍の舞台へと足を踏み入れたのは、1970年代に入ってからです。1971年、ケルン歌劇場におけるジャン＝ピエール・ポネル演出の『ドン・ジョヴァンニ』への出演が、ヨーロッパ各地の主要な歌劇場への出演の道を開く重要な転機となりました。1973年には、指揮者カール・ベームのもと、ザルツブルク音楽祭でモーツァルトのオペラ『イドメネオ』に出演し、世界的な評価を揺るぎないものとしました。

レパートリーと歌声の特徴

マーガレット・プライスの中心的レパートリーは、モーツァルトのオペラ作品におけるリリック・ソプラノの諸役でした。とりわけ、伯爵夫人（『フィガロの結婚』）、ドンナ・アンナ（『ドン・ジョヴァンニ』）、パミーナ（『魔笛』）などの役柄で比類なき歌唱を披露し、その清らかな声と品格ある表現で聴衆を魅了しました。オペラ歌手としての活動に加え、リート歌手やコンサート歌手としても高い評価を得ており、幅広い分野でその才能を発揮しました。

キャリアを重ね、声が成熟するにつれて、彼女はよりドラマティックで重厚な役柄にも挑戦するようになります。ヴェルディのオペラ『仮面舞踏会』におけるアメリア役や、リヒャルト・シュトラウスの『ナクソス島のアリアドネ』のタイトルロールなどがその例です。1980年代には、ヴェルディのグランドオペラ『アイーダ』のタイトルロールさえも舞台で歌いました。彼女の表現力と声の幅広さを示す特筆すべき例として、レコーディングでの挑戦が挙げられます。舞台で全曲を歌うことはありませんでしたが、ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』において、タイトルロールであるイゾルデを録音しました。この録音は、指揮者カルロス・クライバーによる精緻なオーケストラ演奏と相まって、彼女の透き通るような声による、従来の重厚なワーグナー・ソプラノとは一線を画す、可憐で抒情的なイゾルデ像を創り出し、今なお多くのファンに愛されています。

晩年と死

なお、同時代に活躍したアメリカの著名なソプラノ歌手、レオンティン・プライスとは血縁関係はありません。

マーガレット・プライスは2011年1月28日、生まれ故郷であるウェールズの自宅にて、心不全のため惜しまれながら亡くなりました。享年69歳でした。彼女の残した録音は、今もなお多くのクラシック音楽愛好家にとってかけがえのない宝物となっています。

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