マーチソン隕石

マーチソン隕石：生命の起源への手がかりと、未解明な謎

1969年9月28日、オーストラリア・ビクトリア州マーチソン近郊に落下したマーチソン隕石は、科学者たちを魅了し続けている天体です。この隕石は、タイプII炭素質コンドライトに分類され、約100kgもの破片が回収されました。最大で7kgにも及ぶ破片から、わずか680gの破片が建物の屋根を突き破り、干し草の中から発見されたという逸話も残されています。

マーチソン隕石の特筆すべき点は、その内部に含まれる多様な有機物です。グリシン、アラニン、グルタミン酸など、タンパク質を構成するアミノ酸が検出されたことは大きな衝撃を与えました。さらに、ピペコリン酸などの生体内で見られる有機酸も確認されています。一方で、イソバリンやシュードロイシンといった、地球上の生物では見られないアミノ酸も含まれていました。

初期の分析では、これらのアミノ酸はL型とD型が同量存在するラセミ体であるとされ、地球外起源の有力な証拠と考えられました。これは、1953年にユーリーとミラーが行った実験で、原始地球環境を模擬した実験において、基本的な分子からアミノ酸が生成されることが示されていたこととも符合しました。さらに、マーチソン隕石からは、この実験で観察されたのと同様の複雑なアルカン混合物も発見されています。また、地球上の生物由来の汚染を示すセリンやトレオニンは検出されませんでした。

しかし、後の高度な光学分析技術により、アラニンにわずかにL型が過剰に含まれていることが判明しました。この発見は、地球上での汚染の可能性を示唆し、研究者たちの間で議論を巻き起こしました。アミノ酸が隕石に付着した、あるいは、生物のタンパク質合成・分解過程で集積したL型アミノ酸が汚染した可能性が指摘されたのです。

しかし、このL型過剰は、地球上の生物に見られるような高い鏡像体過剰率とは異なり、非タンパク質アミノ酸であるイソバリンにもL型過剰が見られたことから、地球上の生物由来の汚染である可能性は低くなりました。さらに、窒素15Nの同位体比の分析結果から、アミノ酸の窒素は地球由来のものではないことが強く示唆されています。

では、マーチソン隕石のアミノ酸のL型過剰はどのようにして生じたのでしょうか？いくつかの仮説が提唱されています。その一つは、アミノ酸自体が持つ自己触媒作用によるものです。わずかな不斉が増幅されることで、L型が優勢になったという説です。また、原始星雲において、円偏光した紫外線が照射され、一方のエナンチオマーが光学的に分解された結果、ラセミ体からL型過剰の状態に変化したという説もあります。

マーチソン隕石は、生命の起源に関する多くの謎を秘めています。今後、更なる研究によって、その謎が解き明かされることが期待されます。特に、地球外生命の可能性を探る上で、この隕石の分析結果は非常に重要な意味を持つと言えるでしょう。さらに、ホモキラリティ（特定のキラル性のみが存在する現象）の起源についても、この隕石の研究が大きな貢献をする可能性を秘めていると言えるでしょう。

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