ミシェル・ド・モンテーニュ

ミシェル・エケム・ド・モンテーニュ (1533-1592) は、ルネサンス期フランスを代表する哲学者であり、モラリスト、懐疑論者、そして人文主義者として知られています。ボルドー近郊の裕福な家庭に生まれた彼は、6歳から家庭教師のもとラテン語教育を受け、トゥールーズ大学で法学を学び、その後ボルドー高等法院の法官となりました。

モンテーニュは、人文主義者エティエンヌ・ド・ラ・ボエシと親交を深めましたが、1563年にボエシが亡くなると深い悲しみに暮れました。1565年に結婚し、1568年には父の死によってモンテーニュ城を相続します。37歳だった1570年、法官を辞職し故郷に戻り、『エセー』の執筆を開始しました。

フランス宗教戦争の時代、モンテーニュ自身はカトリック教徒でしたが、プロテスタントにも人脈を持ち、両派の融和に努めた穏健派として知られていました。シャルル9世やアンリ3世といったカトリック王の侍従を務めた一方で、後のアンリ4世であるナヴァール公アンリの侍従も務めたのです。アンリ4世は即位前にもモンテーニュの城を訪れています。

1580年、モンテーニュの代表作である『エセー』(Essais) の初版（2巻）が刊行されました。『エセー』は、体系的な哲学書ではなく、モンテーニュ自身の経験や古典文献からの引用を元にした考察を綴った随想録です。この作品は、宗教戦争下の混乱の中で、寛容の精神と、正義を振りかざす者への懐疑を表明したものでした。

『エセー』の特徴として、プラトン、アリストテレス、プルタルコス、セネカといった古代ギリシャ・ローマの古典文献からの引用が多く見られる一方、聖書の引用はほとんどない点が挙げられます。この作品は17世紀のデカルトやパスカルにも大きな影響を与え、一方で無神論の書として禁書とされた時期もありました。

1580年から1581年にかけて、モンテーニュはフランス、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリアを旅し、その経験は彼の死後に発見された『旅日記』として出版されました。イタリア滞在中にボルドー市長の選出を受け、帰国して1585年まで2期務め、カトリックとプロテスタントの調停に尽力しました。任期中にはペストの流行を避けて一時的に避難生活を送ることもありました。

アンリ4世の即位後、顧問職への要請を受けましたが、モンテーニュはそれを辞退し、『エセー』の加筆・改訂を続けました。1592年に亡くなるまで、彼は生涯を通じて『エセー』の完成に心血を注ぎ続けたのです。

『エセー』は、フランスのモラリスト文学の基礎を築いたと評される、モンテーニュの生涯をかけた業績です。初版刊行後も、彼は絶えず加筆・改訂を行い、その没後も改訂版が出版され続けました。彼の死後も、マリ・ド・グネルとピエール・ド・プラクによって大きく改訂された版が刊行されています。

20世紀のドイツの文献学者、エリオット・アウエルバッハは、『ミメーシス』において、『エセー』を初めて人間の生活、自身の生活を近代的な意味で問題にした書だと評しました。モンテーニュの思想は、現代においてもなお、多くの人々の心に響き渡る普遍的な魅力を放ち続けています。

現在、日本語訳も多数刊行されており、その中には全巻翻訳版や、抜粋版、そして様々な解説書も含まれています。これらの翻訳書によって、私たちは現代においても、モンテーニュの思想に触れ、彼の人生観や世界観を深く理解することができるのです。

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