ミシェル・バロン
ミシェル・バロン（本名 ミシェル・バロン、1653年10月8日 - 1729年12月22日）は、17世紀後半から18世紀にかけてのフランスで活躍した俳優であり、劇作家でもあります。特に、フランス演劇の大家モリエールが主宰した劇団、そしてその後に創設されたコメディ・フランセーズの舞台で重要な役割を果たし、モリエールの後継者の一人とも評価されています。
パリに生まれたバロンは、生家はボワロン（Boyron）という姓で、両親もまたブルゴーニュ劇場で名声を得ていた俳優でした。しかし9歳の時に孤児となり、12歳で王太子付きの児童劇団「プチ・コメディアンズ」に加わると、子役として人気を博し、早くもその非凡な才能を示しました。彼の才能はモリエールの目に留まり、1665年に彼の劇団に迎え入れられます。
劇団に入ったバロンに対し、モリエールは新作『メリセルト』の少年役ミルチルを割り当て、極めて熱心な指導を行いました。この熱心さがモリエールの妻アルマンド・ベジャールの嫉妬を買い、彼女がバロンに平手打ちをするという事件に発展します。これに耐えかねたバロンはすぐに退団しようとしますが、『メリセルト』が国王ルイ14世御前での上演を控えていたため、役を放棄することは叶わず、上演終了後に劇団を離れ地方の劇団に移りました。
しかし、モリエールはバロンの才能を惜しみ、1670年に再び彼を劇団に呼び戻します。復帰後、バロンはピエール・コルネイユ作『ティットとベレニス』のドミティアヌス役や、モリエール作『プシシェ』のキューピッド役など、重要な役柄を演じました。彼はモリエールが亡くなる1673年までその劇団に在籍しましたが、その後はブルゴーニュ劇場へと移ります。この移籍の際にも、アルマンドとの間に金銭的な問題が生じたと伝えられています（詳細は後述）。ブルゴーニュ劇場で座長を務めていたバロンは、1680年にルイ14世の命により複数の劇団が統合されてコメディ・フランセーズが誕生した際、そのまま同劇団に移籍しました。
1691年に一度舞台から退くまで、バロンはコメディ・フランセーズにおいて劇団を代表するリーダー格として舞台を牽引しました。彼は自身が書いた戯曲『艶福家（L'Homme à bonnes fortunes）』や、中でも最も有名な『コケット（La Coquette）』で主演したほか、ジャン・ラシーヌの代表的な悲劇の多くで主役を務めました。また、自身でも『Les Enlèvements』や『Le Debauche』といった戯曲を創作し、古代ローマの劇作家テレンティウスの二作品を翻訳・上演するなど、劇作家や翻訳家としても活動しました。
1691年に引退したバロンでしたが、1720年にはパレ・ロワイヤルで再び舞台に立ち、精力的に活動を再開します。その最晩年には、当時の名女優アドリエンヌ・ルクヴルールとも定期的に共演しました。1729年12月22日に死去。
彼の息子エチエンヌ・ミシェル・バロン（1676-1711）も俳優となり、その子孫もまた俳優としてコメディ・フランセーズの舞台に上がっています。
俳優としてのバロンは、優れた容姿、よく響く声、存在感のある体躯、そして稀有な知性を持ち合わせ、悲劇・喜劇のいずれにおいても傑出した才能を発揮したと評されます。劇作家ラシーヌが「あなたの好きなように演じてください」とまで語ったという逸話や、モリエールが彼を熱心に指導したという事実は、彼の卓越した実力を物語っています。しかし、私生活や性格には別の側面があったとされます。極めて強い自尊心を持ち、見栄っ張りで、虚言癖があり、また色欲が強かったとも伝えられており、町民階級の出身でありながら同階級の女性には見向きもせず、多くの貴族夫人たちとの浮き名を流したことが記録に残されています。彼のこうした人物像については、ル・サージュの小説『ジル・ブラース物語』にも描写が見られるほか、ジャン=バティスト・ルソーが1731年に友人に送った手紙にも同様の記述があります。
ただし、ルソーの手紙は、ジャン=レオノール・グリマレが著した最初のモリエール伝記について言及しており、グリマレの伝記は歴史的に重要ではあるものの、その記述には不正確な情報やゴシップが含まれていると指摘されています。これは、グリマレがバロンの証言を鵜呑みにしすぎたためと考えられており、結果としてモリエールの伝記にもかかわらず、バロンに関する記述が過剰になっています。前述のようにバロンには虚言癖があったとされ、彼の証言をそのまま信用することはできません。
バロンに関するエピソードとしては、1671年の『プシシェ』上演時、青年となり美しい姿となったバロンにアルマンド・ベジャールが言い寄った、という話がありますが、これはモリエールを中傷するために作られた冊子に書かれていたものであり、信憑性は極めて低い作り話と考えられています。また、モリエール没後、アルマンドとの間に再び問題が生じた件は、舞台衣装に関する借金トラブルでした。当時の俳優は衣装を自費で用意するのが通例で多額の費用がかかりましたが、資金がなかったバロンは、モリエールの取り計らいで譲り受けた衣装代を借金としていました。しかし支払いが滞ったため、債権は強欲な弁護士ロレに売却され、訴訟となります。モリエールが一時保証人となることで収拾されましたが、バロンの支払いが遅れたためロレはモリエールにも請求するようになります。その最中にモリエールが死去すると、ロレは再び訴訟を起こし、結局アルマンドはモリエールの遺産からその借金を返済せざるを得なくなりました。
モリエールの人柄を示す有名なエピソードにもバロンは登場します。ある時、生活に困窮した俳優が施しを求めに来た際、バロンがその旨をモリエールに伝えると、モリエールはバロンに「いくら施すべきだと思うかね？」と尋ねました。バロンが「4ピストールほどでしょうか」と答えると、モリエールは言ったのです。「では、私がその4ピストールを出そう。そして、ここに20ピストールあるが、これはおまえの分として、彼に与えるがよい」。これは、生活に困る者に対し惜しみなく施しを与えた、モリエールの寛大な人柄を示す話として知られています。
パリに生まれたバロンは、生家はボワロン（Boyron）という姓で、両親もまたブルゴーニュ劇場で名声を得ていた俳優でした。しかし9歳の時に孤児となり、12歳で王太子付きの児童劇団「プチ・コメディアンズ」に加わると、子役として人気を博し、早くもその非凡な才能を示しました。彼の才能はモリエールの目に留まり、1665年に彼の劇団に迎え入れられます。
劇団に入ったバロンに対し、モリエールは新作『メリセルト』の少年役ミルチルを割り当て、極めて熱心な指導を行いました。この熱心さがモリエールの妻アルマンド・ベジャールの嫉妬を買い、彼女がバロンに平手打ちをするという事件に発展します。これに耐えかねたバロンはすぐに退団しようとしますが、『メリセルト』が国王ルイ14世御前での上演を控えていたため、役を放棄することは叶わず、上演終了後に劇団を離れ地方の劇団に移りました。
しかし、モリエールはバロンの才能を惜しみ、1670年に再び彼を劇団に呼び戻します。復帰後、バロンはピエール・コルネイユ作『ティットとベレニス』のドミティアヌス役や、モリエール作『プシシェ』のキューピッド役など、重要な役柄を演じました。彼はモリエールが亡くなる1673年までその劇団に在籍しましたが、その後はブルゴーニュ劇場へと移ります。この移籍の際にも、アルマンドとの間に金銭的な問題が生じたと伝えられています（詳細は後述）。ブルゴーニュ劇場で座長を務めていたバロンは、1680年にルイ14世の命により複数の劇団が統合されてコメディ・フランセーズが誕生した際、そのまま同劇団に移籍しました。
1691年に一度舞台から退くまで、バロンはコメディ・フランセーズにおいて劇団を代表するリーダー格として舞台を牽引しました。彼は自身が書いた戯曲『艶福家（L'Homme à bonnes fortunes）』や、中でも最も有名な『コケット（La Coquette）』で主演したほか、ジャン・ラシーヌの代表的な悲劇の多くで主役を務めました。また、自身でも『Les Enlèvements』や『Le Debauche』といった戯曲を創作し、古代ローマの劇作家テレンティウスの二作品を翻訳・上演するなど、劇作家や翻訳家としても活動しました。
1691年に引退したバロンでしたが、1720年にはパレ・ロワイヤルで再び舞台に立ち、精力的に活動を再開します。その最晩年には、当時の名女優アドリエンヌ・ルクヴルールとも定期的に共演しました。1729年12月22日に死去。
彼の息子エチエンヌ・ミシェル・バロン（1676-1711）も俳優となり、その子孫もまた俳優としてコメディ・フランセーズの舞台に上がっています。
俳優としてのバロンは、優れた容姿、よく響く声、存在感のある体躯、そして稀有な知性を持ち合わせ、悲劇・喜劇のいずれにおいても傑出した才能を発揮したと評されます。劇作家ラシーヌが「あなたの好きなように演じてください」とまで語ったという逸話や、モリエールが彼を熱心に指導したという事実は、彼の卓越した実力を物語っています。しかし、私生活や性格には別の側面があったとされます。極めて強い自尊心を持ち、見栄っ張りで、虚言癖があり、また色欲が強かったとも伝えられており、町民階級の出身でありながら同階級の女性には見向きもせず、多くの貴族夫人たちとの浮き名を流したことが記録に残されています。彼のこうした人物像については、ル・サージュの小説『ジル・ブラース物語』にも描写が見られるほか、ジャン=バティスト・ルソーが1731年に友人に送った手紙にも同様の記述があります。
ただし、ルソーの手紙は、ジャン=レオノール・グリマレが著した最初のモリエール伝記について言及しており、グリマレの伝記は歴史的に重要ではあるものの、その記述には不正確な情報やゴシップが含まれていると指摘されています。これは、グリマレがバロンの証言を鵜呑みにしすぎたためと考えられており、結果としてモリエールの伝記にもかかわらず、バロンに関する記述が過剰になっています。前述のようにバロンには虚言癖があったとされ、彼の証言をそのまま信用することはできません。
バロンに関するエピソードとしては、1671年の『プシシェ』上演時、青年となり美しい姿となったバロンにアルマンド・ベジャールが言い寄った、という話がありますが、これはモリエールを中傷するために作られた冊子に書かれていたものであり、信憑性は極めて低い作り話と考えられています。また、モリエール没後、アルマンドとの間に再び問題が生じた件は、舞台衣装に関する借金トラブルでした。当時の俳優は衣装を自費で用意するのが通例で多額の費用がかかりましたが、資金がなかったバロンは、モリエールの取り計らいで譲り受けた衣装代を借金としていました。しかし支払いが滞ったため、債権は強欲な弁護士ロレに売却され、訴訟となります。モリエールが一時保証人となることで収拾されましたが、バロンの支払いが遅れたためロレはモリエールにも請求するようになります。その最中にモリエールが死去すると、ロレは再び訴訟を起こし、結局アルマンドはモリエールの遺産からその借金を返済せざるを得なくなりました。
モリエールの人柄を示す有名なエピソードにもバロンは登場します。ある時、生活に困窮した俳優が施しを求めに来た際、バロンがその旨をモリエールに伝えると、モリエールはバロンに「いくら施すべきだと思うかね？」と尋ねました。バロンが「4ピストールほどでしょうか」と答えると、モリエールは言ったのです。「では、私がその4ピストールを出そう。そして、ここに20ピストールあるが、これはおまえの分として、彼に与えるがよい」。これは、生活に困る者に対し惜しみなく施しを与えた、モリエールの寛大な人柄を示す話として知られています。
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