ミッシャ・エルマン

ミハイル・エルマン：情熱と美音を奏でたヴァイオリニスト

ミハイル・サウロヴィチ・エルマン（Mikhail Saulovich 'Mischa' Elman, 1891年1月20日 - 1967年4月5日）は、ウクライナ出身のヴァイオリニストです。その情熱的な演奏スタイルと、独特の美しさを持つ音色「エルマン・トーン」は、多くの聴衆を魅了しました。

生い立ちと音楽への目覚め

エルマンは、キエフ地方の小さな村で生まれました。彼の祖父は、クレツマー音楽のフィドル奏者でした。幼少期から絶対音感を示したエルマンでしたが、当時の音楽家の社会的地位は低く、父親は彼が音楽家になることを心配していました。しかし、エルマンの音楽への情熱は強く、ついに父親は小型ヴァイオリンを与えました。エルマンはすぐに旋律を弾きこなし、その才能を開花させました。

その後、エルマンはオデッサの音楽学校で学び、アレクザンダー・フリードマンに師事しました。サラサーテの推薦状を得て、ペテルブルク音楽院の入学審査に臨んだ際、パガニーニの「奇想曲第24番」とヴィニャフスキの協奏曲を演奏し、レオポルト・アウアーに強い印象を与え、入学を認められました。

輝かしいキャリア

1903年、エルマンは資産家の邸宅で演奏会を開くようになり、翌1904年にはベルリンでデビューを果たし、センセーションを巻き起こしました。1905年にはロンドンでデビューし、グラズノフのヴァイオリン協奏曲の英国初演を飾りました。1908年には、ニューヨークのカーネギー・ホールでアメリカデビューを果たし、聴衆を圧倒しました。1911年からはアメリカに移住し、1923年に市民権を取得しました。

1921年には初来日を果たし、1926年にはエルマン四重奏団を結成しましたが、その活動は活発ではありませんでした。1936年から1937年にかけて、カーネギーホールで主要なヴァイオリン協奏曲15曲をすべて演奏するコンサートを開催し、高い評価を得ました。1937年には2度目の来日も果たしています。1943年には、マルティヌーのヴァイオリン協奏曲第2番を初演しました。これはエルマンに献呈された作品です。

第二次世界大戦後、ヤッシャ・ハイフェッツが「ヴァイオリンの帝王」として君臨する中、エルマンは地道に活動を続けました。全盛期には、半年で107回もの演奏活動を行い、レコードの売上げ枚数は200万枚を超えました。しかし、戦後の活動は往年の勢いに及ばなかったものの、エルマンは意に介さず、レナード・バーンスタインなど若い世代の音楽家とも積極的に共演しました。1955年には3度目の来日を果たしています。

演奏スタイルと「エルマン・トーン」

エルマンの演奏スタイルは、ハイフェッツの静かなアクションとは対照的に、派手で動きの大きいものでした。彼の奏でる音色は、「粘っこく、重厚で、ヴィオラやチェロの響きを思わせる」と評され、「エルマン・トーン」と呼ばれました。この名称は、日本の音楽評論家、野村あらえびすが名付けたという説があります。しかし、海外ではエルマンの音色について、それほど熱心には言及されていないようです。

エルマンは、機械録音の時代から1966年まで、長く録音活動を続けました。しかし、ステレオ録音時代の録音は、技術的な衰えが目立ち、モノラル録音時代のものほど評価は高くありません。それでも、アラム・ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲など、新しいレパートリーも録音しています。

晩年と死

エルマンは70歳を超えても引退せず、生涯現役を貫きました。1967年4月5日、心臓発作のため76歳で亡くなりました。亡くなる直前まで、リサイタルの練習に励んでいたそうです。彼の墓は、ニューヨーク州のウェストチェスター・ヒルズ墓地にあります。

エルマンの遺産

ミハイル・エルマンは、その情熱的な演奏と独特の美音で、多くの人々に感動を与えました。彼の音楽は、今もなお、多くの人々に愛され続けています。


参考文献

野村あらえびす『名曲決定盤』中央公論社、1939年。
出谷啓「蠱惑的な音色と官能的なフレージングで一世を風靡した"エルマン・トーン"」『続・不滅の巨匠たち』音楽之友社、1994年。

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