ミット・ブレネンダー・ゾルゲ

ミット・ブレネンダー・ゾルゲ（Mit brennender Sorge）

「ミット・ブレネンダー・ゾルゲ」は、1937年3月14日に教皇ピウス11世によって発布された回勅です。通常、回勅はラテン語で書かれることが多いのですが、この回勅はドイツ語で書かれたという点で異例です。「深き憂慮に満たされて」「燃えるような思い」などと訳され、当時のナチズムとナチス・ドイツ体制を強く批判する内容となっています。

背景

1930年代のドイツでは、ナチ党が勢力を拡大し、人種主義的な政策を推し進めていました。特にユダヤ人に対する迫害は公然と行われ、社会全体に深刻な影響を与えていました。一方、バチカンはカトリック政党である中央党を支援しており、ナチ党とは対立関係にありました。しかし、共産主義への反対という点では両者は共通認識を持っていました。

1933年にナチ党が政権を掌握すると、状況は大きく変化します。中央党は全権委任法に賛成し、ドイツ司教団もナチズムへの批判を弱める声明を発表するなど、融和的な姿勢を見せるようになります。同年7月には、バチカンとドイツ政府の間で政教条約（ライヒスコンコルダート）が締結され、ナチス政府がカトリック教会とその信徒を保護する一方で、カトリック聖職者と信徒がナチス政府への忠誠を誓うことが合意されました。

しかし、ナチス政府によるカトリック教会への弾圧と迫害は止むことはなく、政教条約はしばしば無視されるようになりました。カトリック学校への圧力が強まり、カトリック系の青年運動は禁止されるなど、状況は悪化の一途をたどりました。「ミット・ブレネンダー・ゾルゲ」は、このような状況下で発出された、ナチス・ドイツ体制に対するバチカンからの強い抗議のメッセージだったのです。

内容

この回勅は、ミュンヘンの大司教ミヒャエル・フォン・ファウルハーバー枢機卿によって草案が作成されました。草案作成を依頼したのは、ライヒスコンコルダートの交渉で中心的な役割を果たしたエウジェニオ・パチェッリ枢機卿国務長官（後の教皇ピウス12世）でした。

回勅では、ナチズムにおける人種、血、総統に対する崇拝が、カトリック自然法の観点から厳しく批判されています。また、ナチス政府が改宗したユダヤ人とその子孫もニュルンベルク法に基づいてユダヤ人とみなす政策に対し、回勅ではキリスト教に改宗した者は同じキリスト教徒であると明言し、擁護しました。

しかし、この回勅を含む様々な批判も、ナチス体制に大きな影響を与えることはありませんでした。ナチスは自らの政策を推し進め、第二次世界大戦へと突き進んでいくことになります。

影響

「ミット・ブレネンダー・ゾルゲ」は、ナチズムに対するカトリック教会の公式な見解を明確にした重要な文書です。しかし、回勅がナチス体制の政策を大きく変えることはなく、その影響は限定的でした。ただし、カトリック教会内部においては、ナチズムに対する抵抗の精神を鼓舞する役割を果たしたと言えるでしょう。

参考文献

河島幸夫「ドイツ政治史とキリスト教―西南での研究と教育の40年―」『西南学院大学法学論集』44巻(号)3・4、西南学院大学学術研究所、2012年3月、67-80頁
松本佐保『バチカン近現代史』中央公論新社〈中公新書〉、2013年。ISBN 978-4121022219

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