ミャンマー警察
ミャンマー警察（Myanmar Police Force, MPF）は、ミャンマー連邦共和国における主要な法執行機関です。かつては人民警察（People’s Police Force, PPF）と呼ばれていましたが、1964年に内務省の下に独立した部門として設立されました。
イギリス植民地統治下のミャンマーは、非常に不安定な治安状況にありました。1871年から1875年にかけて殺人と強盗が大幅に増加し、20世紀初頭にかけても犯罪は増加傾向が続きました。特に1911年から1921年の間には殺人、窃盗、強盗が急増し、英領インドの中で最も犯罪発生率が高い地域の一つでした。
このような状況に対応するため、1861年にビルマ警察（Burma Police, BP）が発足。その後、ビルマ軍警察（1887年）、鉄道警察（1890年）、ラングーンタウン警察（1899年）が順次加わりました。しかし、増加する犯罪にBPだけでは十分に対処できませんでした。初期から諜報機能も重視され、1890年にBP本部に情報部（Intelligence Branch, IB）が、1906年には犯罪捜査部（Criminal Investigation Department, CID）が設立され、後に特別情報部（Special Intelligence Branch, SIBまたはSB）に再編されました。これらの部署は、不審な外国人や国内の政治運動、反対勢力の監視・情報収集を担いました。
警察組織の構成は、1891年の再編以降、幹部の多くをインド帝国警察の要員が占めました。1938年時点では、ビルマ族が警察官全体の71%を占めて軍隊とは異なる民族構成でしたが、当時のヤンゴンでは人口の半数がインド人だったことを反映し、ヤンゴンの警察官の67%をインド人が占めていました。幹部や巡査部長にはイギリス人、特にスコットランド人やアイルランド人が多数を占めていました。
一方、1886年に設立された憲兵隊は、ほぼ全てがインド人から構成されていました。憲兵隊は1935年までに9個大隊に拡大し、大規模な暴動や災害などの緊急事態に対応する武装警察として機能しました。1920年代頃からは、軍隊や憲兵隊が共同体間対立、民族主義運動、労働争議などの鎮圧に頻繁に動員され、特に1930年から1932年にかけて発生したサヤーサンの乱鎮圧はその顕著な例です。こうした背景から、当時のBPは「植民地権力の道具」として軽蔑される存在でした。
1942年から1945年の日本による占領期も治安は極めて悪化しました。1942年初頭に多数の警察官が行方不明になり、多くの囚人が釈放されたことで、犯罪、特に殺人や強盗が激増しました。民族主義的な感情の高まりから、外国人財産の略奪などが正当化される風潮もあり、日本憲兵隊やBPはこの状況に有効な対処ができませんでした。
1945年にイギリスが再占領すると、武装警察（Armed Police, AP）と国境警備隊（Frontier Constabulary, FC）が組織されました。1948年のビルマ連邦独立後、新たなビルマ警察と連邦憲兵（Union Military Police, UMP）が設立されました。
独立後のミャンマーも、引き続き治安が極めて不安定でした。1947年初頭の犯罪率は記録上でも最も高い水準に達し、殺人率や強盗率が独立前と比較して著しく増加しました。治安悪化により、武装護衛なしでは主要道路の通行が困難になる地域や、無法状態が蔓延する遠隔地も存在しました。治安回復のため、農民、地主、労働者、政治家など様々な立場の人々が武装自警団を結成しましたが、中には闇取引や通行料徴収、さらには凶悪犯罪に関与するものもありました。治安が安定し始めたのは、ビルマ共産党やカレン民族同盟などの反乱が一服した1951年頃からで、1958年から1960年のネ・ウィン選挙管理内閣期には劇的な治安回復が見られました。
1962年の軍事クーデターによるネ・ウィンの軍事政権樹立後、1964年にBPとUMPは人民警察（People’s Police Force, PPF）に再編されました。軍事政権下では国軍が国家の暴力装置を支配し、PPFは国軍の補助的な役割を担うようになり、この関係性は現在も続いています。ネ・ウィン政権期には国軍の評判は比較的良好だった一方、政府やPPFに対する国民の評判は悪化しました。PPFは「非常に腐敗しており、横柄で、搾取を行う」と広く認識され、市民に対するいじめ、窃盗、恐喝、詐欺などが横行していました。1988年の民主化運動（8888運動）におけるデモ隊に対する激しい弾圧は、この悪評を決定的なものとしました。
1994年、人民警察組織運営システム改革委員会が設置され、警察制度改革の意図が示されました。そして1995年、PPFはミャンマー警察（MPF）へと改組されました。植民地時代以来変更されていなかった警察マニュアルは1999年に改訂され、警察官の士気向上や国民の意識改善を目指す様々な取り組みが行われました。例えば、2000年以降、仏教の教えを引用した小冊子が配布されたり、「何かお探しですか？」と尋ねる標識が設置されたりしました。
2004年に軍情報総局が解体された後、MPFは諜報機関としての機能を大幅に拡大し、主に特別支部（SB）がその役割を担いました。その他にも、部署の拡充や新設、専門性およびモラルの向上、汚職の摘発など、様々な改革が実施されました。MPFは国軍ほど国際社会からの制裁を受けておらず、中国やタイとの定期協議、オーストラリアへの研修生派遣など国際協力を進めています。インターポールやアセアンポール、国連機関などにも加盟し、薬物取引、人身売買、マネーロンダリングなどの問題に取り組んでいます。
2011年の民政移管後も改革路線は継続され、2018年には女性警察官の比率が国際水準に近づく20%に達したと報じられました。しかし、2018年時点でもMPFの警察力は国土の約61.5%しかカバーできておらず、国際水準には約4万人の増員が必要とされています。
一連の改革努力にもかかわらず、MPFによる度重なる国民に対する暴力行為により、国民からの評判は改善されていません。2007年のサフラン革命でのデモ隊への暴行、2012年および2014年のレパダウン銅山での抗議者殺傷、カチン州パカント鉱山での民間人殺傷、2017年のロヒンギャ危機における国軍との合同掃討作戦実行などにより、MPFは国内外から非難を浴びています。
2021年のクーデター後、約7000人の警察官が市民不服従運動（CDM）に参加して離職し、新規採用も困難な状況です。治安が悪化する中で人員不足により犯罪に対処しきれず、国民の信頼は一層低下していると報じられています。2022年には法改正により、警察官に戦闘への参加が義務付けられました。
MPFは国軍の「弟分」のような存在と見なされています。暴動発生時にはまずMPFが出動しますが、通常、致死性の武器は携行しません。MPFによる鎮圧が困難になった場合にのみ、国軍が出動する体制となっています。1988年の8888運動におけるロンテイン部隊の不適切な対応による惨事の反省から、近年では、デモ鎮圧にあたる部隊の装備や規律が改善され、近代的な防護服の着用、警棒使用、催涙ガスや放水砲、ゴム弾などの統制された使用が行われているとされます。
MPFの本部はネピドーにあります。警察組織のトップは警察長官で、現在は軍人出身の少将が務めています。その下に警察准将階級の警察副長官や、警察参謀長、警察副官、警察補給官、国際犯罪対策部長、警察訓練部長などの役職に就く准将がいます。
主要な組織構成として、ネピドー、ヤンゴン、マンダレー、ラカイン州に警備警察司令部があり、要人警護などを担当します。国境警備警察部門（BGP）は、2014年に設立され、ラカイン州北部などで活動しており、国軍と共に紛争にも関与しています。
専門的な機能を持つ特別部署は14ありますが、海上警察や航空警察など一部は廃止または人員が削減され、他の部署に統合されたと報じられています。主要な特別部署には、ネピドーに本部を置く刑事部（Criminal Department）や、2011年以降、政治情報の収集・評価を担う特別支部（Special Branch, SB）、人身売買対策課、金融犯罪対策課、麻薬取締局、鉄道警察、交通警察などがあります。
地方域警察と州警察は、ミャンマーの14の地方行政区分に対応して存在し、それぞれの首都に本部があります。その下には県、郡区、さらには村・町レベルの警察署が配置されています。2011年時点で国内に1,200以上の警察署がありました。
警察大隊司令部は「ロンテイン（Lon Htein）」の名で知られ、1974年に創設されました。その主要任務は暴動や騒乱の鎮圧であり、デモ発生時に防護盾を持って対応する部隊です。現在15個大隊が活動しており、各大隊は350人から500人の隊員で構成されています。ヤンゴン地方域などに重点的に駐屯しています。
訓練センターは4種類あり、警察士官候補生育成のための訓練学校、現職警察官の能力開発のための戦術学校や下士官訓練学校、新人警察官向けの基礎訓練学校などがあります。
歴史
英植民地時代
イギリス植民地統治下のミャンマーは、非常に不安定な治安状況にありました。1871年から1875年にかけて殺人と強盗が大幅に増加し、20世紀初頭にかけても犯罪は増加傾向が続きました。特に1911年から1921年の間には殺人、窃盗、強盗が急増し、英領インドの中で最も犯罪発生率が高い地域の一つでした。
このような状況に対応するため、1861年にビルマ警察（Burma Police, BP）が発足。その後、ビルマ軍警察（1887年）、鉄道警察（1890年）、ラングーンタウン警察（1899年）が順次加わりました。しかし、増加する犯罪にBPだけでは十分に対処できませんでした。初期から諜報機能も重視され、1890年にBP本部に情報部（Intelligence Branch, IB）が、1906年には犯罪捜査部（Criminal Investigation Department, CID）が設立され、後に特別情報部（Special Intelligence Branch, SIBまたはSB）に再編されました。これらの部署は、不審な外国人や国内の政治運動、反対勢力の監視・情報収集を担いました。
警察組織の構成は、1891年の再編以降、幹部の多くをインド帝国警察の要員が占めました。1938年時点では、ビルマ族が警察官全体の71%を占めて軍隊とは異なる民族構成でしたが、当時のヤンゴンでは人口の半数がインド人だったことを反映し、ヤンゴンの警察官の67%をインド人が占めていました。幹部や巡査部長にはイギリス人、特にスコットランド人やアイルランド人が多数を占めていました。
一方、1886年に設立された憲兵隊は、ほぼ全てがインド人から構成されていました。憲兵隊は1935年までに9個大隊に拡大し、大規模な暴動や災害などの緊急事態に対応する武装警察として機能しました。1920年代頃からは、軍隊や憲兵隊が共同体間対立、民族主義運動、労働争議などの鎮圧に頻繁に動員され、特に1930年から1932年にかけて発生したサヤーサンの乱鎮圧はその顕著な例です。こうした背景から、当時のBPは「植民地権力の道具」として軽蔑される存在でした。
日本占領期
1942年から1945年の日本による占領期も治安は極めて悪化しました。1942年初頭に多数の警察官が行方不明になり、多くの囚人が釈放されたことで、犯罪、特に殺人や強盗が激増しました。民族主義的な感情の高まりから、外国人財産の略奪などが正当化される風潮もあり、日本憲兵隊やBPはこの状況に有効な対処ができませんでした。
独立後
1945年にイギリスが再占領すると、武装警察（Armed Police, AP）と国境警備隊（Frontier Constabulary, FC）が組織されました。1948年のビルマ連邦独立後、新たなビルマ警察と連邦憲兵（Union Military Police, UMP）が設立されました。
独立後のミャンマーも、引き続き治安が極めて不安定でした。1947年初頭の犯罪率は記録上でも最も高い水準に達し、殺人率や強盗率が独立前と比較して著しく増加しました。治安悪化により、武装護衛なしでは主要道路の通行が困難になる地域や、無法状態が蔓延する遠隔地も存在しました。治安回復のため、農民、地主、労働者、政治家など様々な立場の人々が武装自警団を結成しましたが、中には闇取引や通行料徴収、さらには凶悪犯罪に関与するものもありました。治安が安定し始めたのは、ビルマ共産党やカレン民族同盟などの反乱が一服した1951年頃からで、1958年から1960年のネ・ウィン選挙管理内閣期には劇的な治安回復が見られました。
ビルマ社会主義計画党（BSPP）時代
1962年の軍事クーデターによるネ・ウィンの軍事政権樹立後、1964年にBPとUMPは人民警察（People’s Police Force, PPF）に再編されました。軍事政権下では国軍が国家の暴力装置を支配し、PPFは国軍の補助的な役割を担うようになり、この関係性は現在も続いています。ネ・ウィン政権期には国軍の評判は比較的良好だった一方、政府やPPFに対する国民の評判は悪化しました。PPFは「非常に腐敗しており、横柄で、搾取を行う」と広く認識され、市民に対するいじめ、窃盗、恐喝、詐欺などが横行していました。1988年の民主化運動（8888運動）におけるデモ隊に対する激しい弾圧は、この悪評を決定的なものとしました。
SLORC/SPDC時代 - 現在
1994年、人民警察組織運営システム改革委員会が設置され、警察制度改革の意図が示されました。そして1995年、PPFはミャンマー警察（MPF）へと改組されました。植民地時代以来変更されていなかった警察マニュアルは1999年に改訂され、警察官の士気向上や国民の意識改善を目指す様々な取り組みが行われました。例えば、2000年以降、仏教の教えを引用した小冊子が配布されたり、「何かお探しですか？」と尋ねる標識が設置されたりしました。
2004年に軍情報総局が解体された後、MPFは諜報機関としての機能を大幅に拡大し、主に特別支部（SB）がその役割を担いました。その他にも、部署の拡充や新設、専門性およびモラルの向上、汚職の摘発など、様々な改革が実施されました。MPFは国軍ほど国際社会からの制裁を受けておらず、中国やタイとの定期協議、オーストラリアへの研修生派遣など国際協力を進めています。インターポールやアセアンポール、国連機関などにも加盟し、薬物取引、人身売買、マネーロンダリングなどの問題に取り組んでいます。
2011年の民政移管後も改革路線は継続され、2018年には女性警察官の比率が国際水準に近づく20%に達したと報じられました。しかし、2018年時点でもMPFの警察力は国土の約61.5%しかカバーできておらず、国際水準には約4万人の増員が必要とされています。
一連の改革努力にもかかわらず、MPFによる度重なる国民に対する暴力行為により、国民からの評判は改善されていません。2007年のサフラン革命でのデモ隊への暴行、2012年および2014年のレパダウン銅山での抗議者殺傷、カチン州パカント鉱山での民間人殺傷、2017年のロヒンギャ危機における国軍との合同掃討作戦実行などにより、MPFは国内外から非難を浴びています。
2021年のクーデター後、約7000人の警察官が市民不服従運動（CDM）に参加して離職し、新規採用も困難な状況です。治安が悪化する中で人員不足により犯罪に対処しきれず、国民の信頼は一層低下していると報じられています。2022年には法改正により、警察官に戦闘への参加が義務付けられました。
国軍との関係
MPFは国軍の「弟分」のような存在と見なされています。暴動発生時にはまずMPFが出動しますが、通常、致死性の武器は携行しません。MPFによる鎮圧が困難になった場合にのみ、国軍が出動する体制となっています。1988年の8888運動におけるロンテイン部隊の不適切な対応による惨事の反省から、近年では、デモ鎮圧にあたる部隊の装備や規律が改善され、近代的な防護服の着用、警棒使用、催涙ガスや放水砲、ゴム弾などの統制された使用が行われているとされます。
組織
MPFの本部はネピドーにあります。警察組織のトップは警察長官で、現在は軍人出身の少将が務めています。その下に警察准将階級の警察副長官や、警察参謀長、警察副官、警察補給官、国際犯罪対策部長、警察訓練部長などの役職に就く准将がいます。
主要な組織構成として、ネピドー、ヤンゴン、マンダレー、ラカイン州に警備警察司令部があり、要人警護などを担当します。国境警備警察部門（BGP）は、2014年に設立され、ラカイン州北部などで活動しており、国軍と共に紛争にも関与しています。
専門的な機能を持つ特別部署は14ありますが、海上警察や航空警察など一部は廃止または人員が削減され、他の部署に統合されたと報じられています。主要な特別部署には、ネピドーに本部を置く刑事部（Criminal Department）や、2011年以降、政治情報の収集・評価を担う特別支部（Special Branch, SB）、人身売買対策課、金融犯罪対策課、麻薬取締局、鉄道警察、交通警察などがあります。
地方域警察と州警察は、ミャンマーの14の地方行政区分に対応して存在し、それぞれの首都に本部があります。その下には県、郡区、さらには村・町レベルの警察署が配置されています。2011年時点で国内に1,200以上の警察署がありました。
警察大隊司令部は「ロンテイン（Lon Htein）」の名で知られ、1974年に創設されました。その主要任務は暴動や騒乱の鎮圧であり、デモ発生時に防護盾を持って対応する部隊です。現在15個大隊が活動しており、各大隊は350人から500人の隊員で構成されています。ヤンゴン地方域などに重点的に駐屯しています。
訓練センターは4種類あり、警察士官候補生育成のための訓練学校、現職警察官の能力開発のための戦術学校や下士官訓練学校、新人警察官向けの基礎訓練学校などがあります。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。