ラカイン州

ミャンマー連邦共和国の行政区画であるラカイン州は、国土の南西部に広がる。州都はシットウェに置かれ、その面積は約36,762平方キロメートルである。西側はバングラデシュと国境を接し、広大なベンガル湾に面している。この地理的な位置から、ラカイン州はミャンマー、バングラデシュ、インドという三国、南アジアと東南アジア、そして仏教とイスラムという異なる文明圏が交差する地政学的な要衝となっており、「ミャンマーの西の門」と称されている。州の東側はアラカン山脈が連なり、これがラカイン州とミャンマー本土を隔てる自然の障壁となっている。この隔絶のため、ラカイン州は中央ミャンマーとは異なる独自の歴史的発展を遂げてきた。しかし、この地理的条件は経済的な発展も阻害しており、現在ラカイン州はミャンマー国内で最も貧しい地域の一つとなっている。

歴史

ラカイン州にほぼ対応する地域であるアラカンの歴史は、およそ七つの時代に区分される。最初の四つの時代は、ラカイン族によるアラカン王国の時代であり、政治権力は主に北部のカラダン川流域を中心に展開した。これらの時代は、ダニヤワディー、ワイタリ、レイムロ、ミャウウーと、中心地の変遷に従って名付けられている。

ラカイン族の伝承や寺院の碑文によれば、この地の歴史は非常に古く、紀元前3325年まで遡るとされる。伝説上の記録では、紀元前34世紀頃にダニヤワディーを拠点とする最初の王朝が始まり、紀元前327年まで続いたとされる。また、紀元前554年には仏陀がこの地を訪れ、有名なマハムニ仏像が作られたという伝承がある。

紀元4世紀にダニヤワディーが衰退すると、権力はワイタリへと移った。このワイタリ期からは多くの考古学的遺物が見つかっており、ラカインの文化、建築、仏教芸術が花開いた古典期とされている。ワイタリ王朝の衰退後、レイムロ川沿いの四つの都市が順に首都となり、レイムロ王朝期が続いた。

1429年にはミン・ソー・モンが最後の王朝を樹立し、翌1430年にミャウウーを拠点とした。ミャウウー王朝期はラカイン族の「黄金時代」と見なされており、ミャウウー港は商業港として発展し、アラビアやヨーロッパとの広範な海上交易網に組み込まれた。しかし、1666年にムガル帝国にチッタゴンを奪われるなど、17世紀を通じて王朝は衰退し、内乱や王位争いが頻発した。大航海時代には、ヨーロッパから到来したポルトガル人が一時的に拠点を設けたことも知られている。

ビルマとイギリスによる支配

1785年（あるいは1784年）、内部対立で弱体化したアラカン王国は、ビルマのコンバウン朝によって征服された。この際、象徴であったマハムニ仏像は戦利品としてビルマへと持ち去られた。アラカンの陥落により、拡大を続けるビルマとイギリス東インド会社の勢力が直接接触することとなり、後の対立の要因となった。マハムニ仏像の奪還なども一因となり、1824年に第一次英緬戦争が勃発する。戦争は1826年のヤンダボ条約で終結し、ビルマはラカイン（アラカン）とタニンダーリ地方域をイギリスに割譲することを余儀なくされた。イギリスはアキャブ（現在のシットウェ）を行政の中心地とし、アラカンは後に英領インドの一部に編入された。1937年にビルマがインドから分離し、独自の直轄植民地となる際も、アラカンはその一部として組み込まれた。行政的には、ミャウウー王朝期の伝統的な区分に基づき、三つの地区に分けられていた。

第二次世界大戦と独立

第二次世界大戦中、ラカイン州はビルマと英領インドを結ぶ戦略的な位置にあったため、日本軍と英印軍の間で激しい戦闘が行われた。特にアキャブを巡る攻防やラムリー島の戦いは有名である。

1948年にビルマが独立すると、アラカンは新たなビルマ連邦の一部となり、三つの地区はラカイン管区となった。1950年代からは、ラカイン地方がかつての独立を取り戻そうとする分離運動が活発化した。こうした状況に対応するため、1974年にネ・ウィンの社会主義政権は行政区画を改編し、アラカン地区からラカイン州を設置して、多数派であるラカイン族に名目上の自治権を与えた。しかし、これとは別に、イスラム教徒が多数居住するバングラデシュとの国境地域では、イスラム分離主義勢力がイスラム国家の樹立を目指して反乱を続けた。これらの動きと政府による弾圧は、特にイスラム教徒であるロヒンギャの人々を難民化させ、国際的に問題となっている「無国籍」のロヒンギャ問題へと繋がっている。ラカイン州では、仏教徒のラカイン族とイスラム教徒のロヒンギャ間の対立が根深く、2012年には大規模な衝突が発生し、州全体に非常事態宣言が出される事態となった。また、一部住民による外国人支援団体への反感も強く、抗議活動や倉庫への襲撃なども発生している。2017年には、武装組織アラカン・ロヒンギャ救世軍（ARSA）による警察・軍施設への攻撃が発生し、多くのロヒンギャがバングラデシュへ避難した。一方で、バングラデシュ側で差別を受けた仏教徒がラカイン州に移住するケースもあり、ミャンマー国軍が仏教徒人口を増やす意図で移住を促しているとの報道も存在する。

地理、行政、交通

ラカイン州はミャンマーの西海岸に位置し、北はチン州、東はマグウェおよびバゴー地方域、南はエーヤワディ地方域と接する。北西部はバングラデシュのチッタゴン管区に隣接し、西はベンガル湾に面している。海岸線にはマユ半島があり、沖合にはラムリー島やチェドバ島（マナウン島）などの島々がある。内陸部にはアラカン山脈がそびえ、州とミャンマー本土を隔てている。行政区画としては、州都シットウェが置かれるシットウェ県、外国人立入禁止特別区を含むモンドウ県、チャウピュー県、サンドウェ県の四つの県に分かれている。州内の主要な交通拠点としては、シットウェ、チャウピュー、サンドウェ、グワに空港があり、水上交通ではシットウェ港やカラダン川が利用されている。

経済と社会状況

ラカイン州はミャンマー国内で最も貧しい地域の一つであり、2014年のデータによれば貧困率は78%と、全国平均の37.5%を大きく上回る。国内の貧困層の約14.9%がこの州に集中している。州内でも経済格差があり、ロヒンギャが多く住む北部の平均所得はラカイン族が多い南部に比べて著しく低い。多くの住民が栄養不足に苦しみ、食料を十分に確保できない「食料貧困」の状態にある人々の割合も全国平均より高い。衛生状態も劣悪で、農村部におけるトイレのない世帯の割合は全国平均の五倍以上である。教育水準も全国平均を下回り、特に女性や高学年での就学率が低い。2021年の軍事クーデター以降は、食料や医薬品などの生活必需品の価格が高騰し、住民の生活を圧迫している。

州人口の約85%が農村部に居住し、零細な農業や漁業、またはその日雇い労働で生計を立てている。全世帯の約四分の一が無土地であり、特に北部地域ではその割合が半数を超えることもある。こうした土地なし層が日雇い労働の主な担い手である。2017年のロヒンギャ危機による大量の流出は、一部地域で労働力不足を引き起こす要因ともなった。

深刻な貧困を背景に、ラカイン州からは国内外へ出稼ぎに出る人々が多い。国内移動が制限されているロヒンギャは、海外、特にタイやマレーシアへボートピープルとして渡り、不法移民として劣悪な労働環境に置かれたり、人身売買の被害に遭うことも少なくない。ラカイン族の人々も同様に、より良い機会を求めて国内外へ移住する傾向が見られる。

21世紀初頭からは、中華人民共和国のエネルギー安全保障政策に基づき、ラカイン州におけるインフラ開発が進められている。チャウピューでは、大型タンカーが寄港可能な港湾施設と、そこから中国の昆明まで石油を輸送するパイプライン（中国・ビルマ・パイプライン）が建設され、稼働している。

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