ミンコーナイン

ポーウートゥン氏は、通称ミンコーナイン（ビルマ語で「王を倒す」の意）として広く知られる、ミャンマーの著名な民主化活動家です。1962年 10月18日生まれ。軍事クーデターによってネウィン政権が樹立された年に生を受け、1988年に始まる大規模な民主化運動以降、その人生の大部分を獄中で過ごしてきました。国際的には、ノーベル平和賞受賞者であるアウンサンスーチー氏に次ぐ、ミャンマーで最も影響力のある反政府勢力の人物として認識されています。

生い立ちと学生時代の活動

画家であり音楽家でもあったテッニュン氏を父に、フラチー氏を母に持ち、3人の姉妹を持つ家庭に育ちました。幼い頃から聡明で穏やかな性格で、父からサウン・ガウ（ビルマ伝統の琴）やパッタラ（伝統的な木琴）、ギターといった楽器の手ほどきを受け、音楽的才能も兼ね備えていました。

ヤンゴン芸術科学大学（RASU）に進学すると、読書や詩作、風刺漫画の制作に没頭する一方で、友人たちと盛んに政治や国の将来について論じ合いました。1985年の2度目の廃貨令以降、社会に満ちる不穏な空気を感じ取り、来るべき政治的な動きに備えるため、地下の学生組織を結成しました。

同年、伝統的な風刺劇であるタンヤットを演じる自身の劇団を立ち上げました。当局によるネウィン直接批判が禁じられる中、劇団名を「ヤギの口とすべてを見通す目」とし、タンヤット本来の精神を取り戻そうと試みました。彼らの劇は、ネウィン政権を痛烈に風刺し、ミャンマーにおける自由と民主主義の欠如、そして政府職員の腐敗を厳しく批判する内容でした。劇団は人々の間で人気を集めましたが、同時に軍の情報機関からの監視を受けることになりました。

8888民主化運動における指導者として

1988年3月16日、治安部隊の発砲により学生に死傷者が出たことに抗議する約3000人の学生がRASUキャンパスに集結した際、ミンコーナイン氏は初めて公の場で演説を行いました。彼は、学生運動の歴史とその役割に触れ、「私たちの兄弟たちは、この軍事独裁政権を倒すために犠牲を払ったが、彼らの要求は暴力、銃弾、殺人でしか満たされなかった」と訴えました。

演説後、学生たちはヤンゴン工科大学へ向けデモ行進を開始。プロム通りで数十人の兵士と対峙した際、ミンコーナイン氏らは国歌を歌い、国軍創設者であるアウンサン将軍を含む独立の英雄たちへの敬意を示すよう求め、「人民の兵士はわれわれの兵士だ」と叫びました。隊長との交渉中、機動隊が突然現れ、学生たちを殴り始めました。多くの学生がインヤー湖に飛び込み溺死するか、逮捕されインセイン刑務所に送られる中、ミンコーナイン氏は間一髪でその場を逃れました。

大学が閉鎖される間も、彼は学生たちの組織化を進めました。大学再開後の6月には、反政府ビラを配布し、逮捕された学生活動家の釈放や退学処分の撤回を求める抗議集会を各大学で開催しました。7月8日に学生たちが釈放された際、ミンコーナイン氏は本名ポーウートゥンではなく、初めて公式に「ミンコーナイン」の名前を用い、伝統ある全ビルマ学生連合（ABFSU）名義で「仲間の学生の釈放に左右されるべきではない。私たちは戦い続ける」との声明を発表。これは、軍政の弾圧で事実上消滅していたABFSUの復活を告げるものでした。

ABFSUの呼びかけに応じ、縁起が良いとされる8が4つ並ぶ1988年8月8日、全国各地で大規模なデモが発生しました。ヤンゴンでは5万人規模のデモが行われ、市民、労働者、僧侶、学生など幅広い層が参加。ミンコーナイン氏はアメリカ大使館前で演説し、「われわれミャンマー国民は、抑圧的な統治の下で26年間、人間の尊厳を失って生きなければならなかった。われわれはこの国で独裁的な統治を終わらせなければならない。国民の力だけが抑圧的な統治者を倒すことができる」と、国民の団結と勇気を鼓舞しました。しかし、このデモは治安部隊によって武力鎮圧され、各地で多くの死傷者が出ました。

8月28日、ABFSUはヤンゴン大学の学生会館跡地で正式に発足。アウンサンスーチー氏も祝辞を寄せ、ミンコーナイン氏は『信仰』と題した詩を朗読し、民主主義と人権が回復されるまで戦い続けることを誓いました。彼は満場一致で議長に選出されました。

デモやストライキが長期化しヤンゴンの治安が悪化すると、ABFSUメンバーは暴徒化した人々を鎮め、地域での自衛団結成を推奨しました。また、米国下院議員との会談で、国軍の姿勢次第では状況が一触即発になりうると警告しました。しかし、9月18日にクーデターが起き国家法秩序回復評議会（SLORC）が成立すると、ミンコーナイン氏は一時公の場から姿を消しました。その後、1988年12月に行われたスーチー氏の母の葬儀に突然姿を現し、妨害しようとする治安部隊を退けました。

1989年3月16日、初の演説からちょうど1年後、スーチー氏の自宅敷地で演説を行い、1988年の虐殺におけるネウィンの責任を追及しました。そして3月23日、彼は逮捕されました。反政府演説を行い、騒乱を煽動したとして、1950年制定の緊急事態規定法に基づき起訴され、懲役20年の判決を受けました（1993年に10年に減刑）。逮捕直前、彼は国境地帯での武装闘争準備を進める全ビルマ学生民主戦線（ABSDF）への合流を仲間から勧められましたが、これを断ったと伝えられています。逮捕前のインタビューで、彼は「私は決して死なない。肉体的には死んでも、私の代わりとなるミンコーナインはもっとたくさん現れるだろう。ご存じのように、ミンコーナインが征服できるのは悪い王だけだ。統治者が善良であれば、我々は彼を肩に担うだろう」と語っていました。

繰り返される逮捕と獄中生活

最初の拘束期間中、ミンコーナイン氏は2週間にわたり水の中に立たされる拷問を受け、左足が麻痺したと伝えられています。ほとんどの期間を独房で過ごしました。1993年に米国下院議員ビル・リチャードソンの訪問を受けた際には、健康状態が悪く、混乱しているように見えたと報告されています。1994年に元国連人権調査官の横田洋三氏が面会した際も、神経質そうで痩せた印象だったとのことです。

困難な獄中生活にもかかわらず、彼は国内外から評価を受けました。1999年にはカナダの人権賞であるジョン・ハンフリー自由賞を受賞。授賞式では、ミャンマーから密かに持ち出されたスーチー氏のビデオメッセージが上映され、「ミンコーナイン氏は1988年の民主化運動を始めた学生リーダーの1人であり、当局からのあらゆる圧力に断固として抵抗してきた...彼は現在の軍事政権の不正に苦しんでいる多くの人々を代表している。彼にこの賞が授与されたことは、私たち全員に大きな希望、大きな誇り、そして大きな喜びを与えてくれる。なぜなら、それは世界が私たちの大義を忘れていないことを示しているからだ」と、彼の活動の意義と受賞への感謝が述べられました。1999年3月に釈放が予定されていましたが実現せず、インセイン刑務所からラカイン州のシットウェ刑務所へ移送されました。最終的に釈放されたのは、服役開始から15年後の2004年11月19日のことでした。釈放時、彼の顔には痛々しい傷跡が見られました。

釈放後、ラジオ・フリー・アジアのインタビューに応じたミンコーナイン氏は、「刑務所での私の旅は困難で暗いものだったが、自分は1人ではなく仲間たちと一緒だと知り、自信が持てた。その結果、私は長い旅を終えた」と振り返りました。また、海外からの支援に深く感謝し、「私たちが獄中にあった間、彼ら（世界中の人々）は私たちを支援、励まし、私たちのために最善を尽くしてくれた。私たちは遠く離れた小さな光を見つける冬の川の人のように感じた。直接感じたわけではなく、部分的に感じただけだが。しかし、私たちにとってはそれで十分だ。私たちは彼らの支援を決して忘れない」と述べ、支援者への感謝を伝えてほしいと語りました。

88年世代学生グループでの活動

2005年9月6日、ミンコーナイン氏は8888民主化運動に参加した他の著名な活動家たちと共に「88年世代学生グループ」を結成しました。当時、国民民主連盟（NLD）の指導者たちが逮捕や自宅軟禁などで活動を制限されていたため、このグループは事実上、軍政に対する唯一の組織的な抵抗勢力とも言える存在でした。

2006年頃からは、グループメンバーと共に「ホワイト・サンデー」キャンペーンを開始。これは毎週日曜日に、政治犯が着用しているのと同じ白い服を着て政治犯の家族を訪問し、連帯と抗議の意思を示す運動でした。これと並行して、多宗教祈祷キャンペーンも実施。白い服を着て、様々な宗教施設でろうそくを灯し、政治問題の平和的解決と政治犯の釈放を願って徹夜の祈りを捧げました。しかし、これらの活動は当局の妨害に遭い、2006年9月27日にはメンバー全員が逮捕され、2007年1月11日まで拘束されました。

2007年1月4日の独立記念日には、「オープンハート」キャンペーンを開始。これは、軍政に対する人々の不満や意見を手紙に書いてもらうことを奨励するもので、2月4日までに2万5千通もの手紙が集まりました。

2007年8月19日、NLD元副議長の追悼式に出席したミンコーナイン氏らが、バス運賃の値上がりによりやむなく徒歩で帰路についた際、市民が次々と加わり、燃料価格値上げに反対するデモへと発展しました。ミンコーナイン氏らは直ちに逮捕され、懲役65年の重い判決を受け、シャン州のケントゥン刑務所に移送されました。服役中は健康状態の著しい悪化が伝えられましたが、2012年1月の恩赦により再び釈放されました。

その後の活動と思想

2015年に予定されていた総選挙では、当然ながら出馬が期待されましたが、ミンコーナイン氏は立候補しませんでした。この理由について、彼は「何を指して政治家というのか。例えば、民主主義が確立していない時代に、自由のために戦う人は政治家とは言わないのか、ということを考えてほしい。政治家という言葉が（国会などの）議員を指すならば、自分自身は、もともと議員になることは考えていない。権力を持つ立場になることは考えていない。国のシステムを変えることだけを望んでいる。アメリカのマーティン・ルーサー・キング、インドのマハトマ・ガンディー、いずれも議員ではない。影響力のあることが大切だと思う」と説明しました。また、毎日新聞のインタビューでは、「政治や権力に野心を抱いたことはありません。私は一介のフリーダム・ファイター（自由戦士）に過ぎません。この国で普通の市民として普通に暮らしたい。そのための闘いをしてきただけです。私はアーティストとして穏やかに暮らせればそれでいいんです」と、自身の役割を語っています。彼が率いた88年世代学生グループのメンバーはNLDからの出馬を表明しましたが、最終的にはコーコージー氏を含め全員が候補者リストから漏れ、立候補しませんでした。2016年にNLD政権が発足した際には、「人々がスーチー氏だけに頼ると、いずれ問題が起きる」と懸念を示唆していました。

政治活動の傍ら、彼は芸術家としての一面も持ち合わせています。小説を発表したり、自作の絵画の個展を開いたりもしています。2014年11月には初めて日本を訪れ、大阪と東京で講演を行いました。

2021年クーデター後の動向

2021年2月1日にクーデターが発生した翌日、ミンコーナイン氏は「われわれはもはや軍事独裁者の奴隷でいることはできないし、彼らが惜しみなくくれるわずかなお金で満足することはできない。われわれ全員が基本的権利を持ち、人間として生きられますように！」というメッセージを残し、その姿を消しました。1989年と同様、国家行政評議会（SAC）は緊急事態規定法に基づき彼の逮捕状を発行しました。

4月に国民統一政府（NUG）が樹立されると、彼は「統一政府は全ての利害関係者を代表している」との声明を発表し、ラジオ・フリー・アジアのインタビューに応じました。その後も抵抗活動を続けており、2022年8月には自身のFacebookアカウントに「軍事政権をこの1年間で打倒する」と題した投稿を行っています。

ロヒンギャに対する見解

2017年のロヒンギャ危機に関しては、88年世代学生グループとして記者会見を開き、その中でミンコーナイン氏は「ロヒンギャはミャンマーの135の民族グループの一つではない」と述べました。グループはまた、ラカイン州の現状が一部の国際的な大手メディアによって伝えられているものとは異なるとする声明を発表しています。

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