メドゥーサの首 (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンス作『メドゥーサの首』

ピーテル・パウル・ルーベンスによる『メドゥーサの首』は、1613年頃に制作された油彩画です。この作品は、ギリシア神話に登場する怪物メドゥーサの首を題材としており、バロック美術の持つ力強さと、神話的なテーマが見事に融合しています。ルーベンスの作品は、当初は他の画家のものとされていましたが、後にルーベンスの真作であることが認められました。

主題：神話とメドゥーサ

ギリシア神話において、メドゥーサは女神アテナの怒りによって、恐ろしい姿に変えられたとされています。アテナの神殿で海神ポセイドンと交わったため、または自身の髪をアテナより美しいと自慢したため、アテナはメドゥーサの髪を蛇に変え、彼女の顔を見た者を石に変える呪いをかけました。さらにアテナは、英雄ペルセウスがメドゥーサを退治するのを助け、ペルセウスは青銅の盾に映したメドゥーサの姿を見ながら、眠っているメドゥーサの首を切断しました。その後、メドゥーサの血から毒蛇が生まれたと伝えられています。

ペルセウスはメドゥーサの首をアテナに捧げ、アテナはそれを神盾アイギスに取り付けました。メドゥーサの首は、魔除けとして古代から様々な芸術作品に描かれてきました。また、アテナの象徴としても扱われ、その図像は時代とともに変化しながらも、見る者を射抜くような視線は一貫して描かれています。

制作の背景

ルーベンス以前にも、レオナルド・ダ・ヴィンチやカラヴァッジョといった画家たちがメドゥーサの首を題材にした作品を制作しています。特にカラヴァッジョは、メドゥーサの首を盾に描いており、その作品はトスカーナ大公の権威を示すために制作されました。しかし、ダ・ヴィンチの作品は現存していません。

ルーベンスの『メドゥーサの首』は、切断された直後の生々しいメドゥーサの姿を描いています。鮮血の中に横たわる首は、皮膚の色を失いながらも、なおも鋭い眼光で見る者を捉えます。血だまりからは小さな蛇が生まれ、首の周りには、蛇、蜘蛛、サソリなどの生物が蠢いています。これらの生物は、メドゥーサの首の不気味さを強調するとともに、神話的な要素を強く表現しています。

作品の特徴

ルーベンスは、画面の右側にマムシを描いており、その交尾の様子は、当時のヨーロッパにおいて「恩知らず」を象徴していました。また、画面左下にはファイアサラマンダーが、中央にはアンフィスバエナが描かれています。アンフィスバエナは、メドゥーサの血から生まれたとされる伝説上の生物で、両端に頭を持つ蛇のような姿をしています。

ルーベンスは、動物画家フランス・スナイデルスの協力を得て、これらの動物たちを描いたと考えられてきましたが、近年ではルーベンス自身がすべて制作したという説が有力です。

来歴と当時の反応

『メドゥーサの首』は、1635年から1648年にかけて、第2代バッキンガム公爵ジョージ・ヴィリアーズのコレクションに属していました。その後、レオポルト・ヴィルヘルム・フォン・エスターライヒ大公によって購入され、現在ではウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

当時の人々は、この絵画の衝撃的なイメージに強く反応しました。詩人コンスタンティン・ホイヘンスは、この絵画を見たときの衝撃を自伝で語っています。

モラヴィア版

ブルノのモラヴィア美術館にも、『メドゥーサの首』のバージョンが所蔵されています。この作品は、商人ニコラース・ソヒエのコレクションにあったと考えられています。モラヴィア美術館に寄贈された当初は、ルーベンスの作品とは考えられていませんでしたが、修復によってルーベンスが制作に関わったことが明らかになり、1940年代に正式にルーベンスの作品として認められました。現在では、このモラヴィア美術館のバージョンは、ウィーンの美術史美術館にあるオリジナル作品の複製と考えられています。

まとめ

ピーテル・パウル・ルーベンスの『メドゥーサの首』は、バロック美術の力強さと、ギリシア神話の神秘的なテーマが融合した傑作です。メドゥーサの首の生々しい描写は、見る者に強い衝撃を与えるとともに、神話の世界へと誘います。この作品は、ルーベンスの芸術的な才能を示すとともに、当時の社会や文化、そして神話がどのように解釈されていたかを理解する上で重要な作品と言えるでしょう。

ギャラリー

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脚注

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参考文献

黒江光彦監修『西洋絵画作品名辞典』三省堂（1994年）
ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』高階秀爾監修、河出書房新社（1988年）
アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫（1953年）
オウィディウス『変身物語（上）』中村善也訳、岩波文庫（1981年）
『ウィーン美術史美術館名品展』東京藝術大学大学美術館、NHK、NHKプロモーション（2002年）
Sasha Suda , Kirk Nickel, ed. Early Rubens. Prestel, 2019.
James C. Harris. The Head of Medusa: Peter Paul Rubens and Frans Snyders. JAMA Psychiatry. 2014;71(6):614–615. doi:10.1001/jamapsychiatry.2013.2735

外部リンク

美術史美術館公式サイト, ピーテル・パウル・ルーベンス『メドゥーサの首』

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