モア (映画)

映画『モア』

バーベット・シュローダーの監督キャリアが始まった記念すべき劇場長編映画が、1969年に公開された『モア』です。英語で製作されたこのドラマ・ロマンス映画は、ミムジー・ファーマーとクラウス・グリュンバーグを主演に迎え、当時の若者文化、特に薬物使用と依存がもたらす破滅的な現実を赤裸々に描いています。舞台は、地中海に浮かぶ美しいスペインのイビサ島。しかし、その楽園のような風景とは裏腹に、登場人物たちはヘロインという危険な薬物の深みにはまっていくのです。

製作背景とスタッフ

『モア』が制作されたのは、1960年代のカウンターカルチャーがその熱狂を失い始め、理想が崩壊していく不安定な時代でした。映画は、ドラッグ体験や自由な愛、そして当時のヨーロッパにおける若者たちの新しい価値観や生活様式に深く踏み込んでいます。

脚本は、監督のバーベット・シュローダー自身とポール・ジェゴフによって共同執筆され、シュローダーが原案を手がけました。映像面では、ネストール・アルメンドロスが撮影を担当し、フラン・ルイスと共にアート・ディレクションも兼任しています。

特筆すべきは、サウンドトラックにイングランドの伝説的なロックバンド、ピンク・フロイドの楽曲がフィーチャーされている点です。彼らはこの映画のために音楽を制作・演奏し、後に同名のアルバム『モア』としてリリースされました。映画の雰囲気と深く結びついた彼らの音楽は、作品の評価においても重要な要素となっています。

シュローダー監督は、1960年代のカウンターカルチャーが持つテーマ、すなわち薬物、依存症、そして当時の「ニュー・ウェーブ」映画によく見られる人生の美しさと残酷さといった要素からインスピレーションを得て、本作を製作しました。リアリティを追求するため、マリファナ、ヘロイン、LSDの使用を描写するシーンでは、実際に本物の薬物が用いられたとされています。

映画の製作は1968年に開始されました。資金の一部は「Jet Films」によって提供され、製作総指揮は低予算ながらも「レ・フィルム・デュ・ローザンジュ」が行いました。

物語の展開

映画の主人公は、ドイツの街リューベックから来た学生、スティファンです。数学の勉強を終えた彼は、これまでの人生を捨て、冒険を求めて旅に出ることを決意します。パリへとヒッチハイクで向かい、セーヌ川左岸にある歴史的なカルチエ・ラタン地区のホテルに滞在する彼は、そこで知り合ったチャーリーと共に小規模な強盗を計画し、いくらかの金を得ます。

パリのレフト・バンクで開催された活気あふれるパーティーで、スティファンはエステルと運命的な出会いを果たします。彼女は奔放で魅力的であると同時に、掴みどころのない謎めいた女性でした。スティファンは彼女に強く惹かれ、共にスペインのイビサ島へ渡ります。

イビサ島で、二人は恋人として濃密な時間を過ごします。そこには、解放的なセックス、ビーチでの日光浴、そして大量の薬物がありました。スティファンはすぐに、エステルが「ウォルフ博士」と呼ばれる元ナチスと関係を持っていることを知ります。スティファンはヒッピーから別荘を借り、エステルをウォルフ博士から引き離そうとしますが、実はエステル自身は助けられることを望んでいませんでした。それどころか、ウォルフ博士から盗んだヘロイン（かつて隠語で「馬」と呼ばれたもの）をスティファンに勧めるのです。

当初、エステルがヘロインを使用することに反対していたスティファンでしたが、エステルは彼にかつて使用経験があることを見抜き、執拗にヘロインを試すよう説得を続けます。次第にスティファンはヘロインの魅力に取り憑かれ、エステルと共に深刻なヘロイン中毒に陥っていきます。

中毒から抜け出そうと、二人はLSDの使用を試み、一時的には薬物を断つことに成功します。しかし、その努力も長くは続かず、やがて彼らは再びヘロインに手を出し、完全に依存症の泥沼にはまってしまいます。中毒は制御不能な状態となり、最終的にスティファンの死という悲劇的な結末を迎えることになります。

制作秘話と舞台

映画は、1969年8月4日にフランスで公開されました。公開に先立ち、フランスの映画検閲委員会は、劇中の一部の台詞を約81分時点で検閲することを要求しました。具体的には、主人公たちがキッチンで幻覚剤を調合するシーンで、「ベンゼドリン」や「バナナの皮」といった薬物に関連する単語の音声が削除されました。しかし、後にリリースされたDVD版では、これらの検閲された単語が字幕として改めて追加されています。

撮影の大部分は、物語の重要な舞台であるスペインのイビサ島で行われました。特に、島の港と町を見下ろすイビサ城は、映画の終盤における印象的な背景として使用されています。また、主人公が旅の初めに滞在するパリの場面は、実際にセーヌ川左岸のホテル・ラ・ルイジアーヌの36号室で撮影されました。パリの城近くのトンネルもロケ地として使用されています。

評価とホームメディア

『モア』は公開当時、映画評論家から厳しい評価を受けることが少なくありませんでした。特に、薬物使用の描写は観客や学者たちの間で物議を醸しました。批評を集約するサイト、Rotten Tomatoesでは、4つのレビューのうち3つが否定的なものでした。また、フランスのアロシネでも、37の評論に基づくスコアは5点満点中3.7点にとどまっています。

有名な映画評論家のロジャー・イーバートは、本作を「麻薬によって自身を破壊する2人の快楽主義的な若者たちについての奇妙で型破りな映画」と評し、特に「変態アメリカ人の女の子が自身のドイツ人のボーイフレンドを破壊し、その過程で自身も破壊する」という視点を示唆し、「スピード（薬物）は確かに人を殺すが、どうすればいいものか」と問いかけるようなコメントを残しています。

しかし、時間の経過とともに本作は再評価の機会を得ています。2015年には、カンヌ映画祭のクラシック部門での上映作品として選ばれました。

ホームメディアとしては、2005年4月5日にHome Vision Entertainment傘下のThe Criterion CollectionからDVD版がリリースされました。その後、2011年9月19日には、英国映画協会（BFI）からもBlu-ray版とDVD版が発売されています。

『モア』は、1960年代末期の退廃的な雰囲気を捉え、薬物依存がもたらす破壊的な人間関係と悲劇を描いた、バーベット・シュローダーの初期を代表する作品として、今日でも語り継がれています。

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