モバイローム

モバイロームとは

モバイローム（英語: mobilome）とは、あらゆる生命体に見られる、ゲノム内で移動したり増幅したりする可動性を持つ遺伝要素の総体を指す言葉です。この動的な遺伝要素は、真核生物、原核生物（主に細菌）、さらにはウイルスにまで存在しており、それぞれの生物系統において異なる種類の要素が主要な構成因子となっています。モバイロームは、ゲノムの構造や機能に変化をもたらし、生物の進化や適応、そして病原性の獲得などに深く関わっています。

真核生物のモバイローム

真核生物のゲノムにおけるモバイロームの中心は、トランスポゾンと呼ばれる可動遺伝因子です。トランスポゾンはゲノムDNA内を移動したり、自身のコピーを増やして別の場所に挿入されたりする能力を持ちます。これらの要素は、宿主細胞が持つ遺伝情報の転写や翻訳を行う仕組みを利用して自身の複製や切り出し、挿入を行います。この性質から、トランスポゾンはしばしば「遺伝的寄生体」と見なされることがあります。

トランスポゾンの存在は、遺伝子の固定的なイメージを覆す画期的な発見でした。特に、バーバラ・マクリントックがトウモロコシ（Zea mays）の種子に見られる斑入りの表現型を研究する中で、ゲノム上を動く遺伝因子が存在すること、そしてそれが遺伝子に変異を引き起こすメカニズムを明らかにしました。彼女が発見したAc/Dsシステムは、Activator (Ac) 因子がDissociation (Ds) 因子をゲノムから切り出し、それが色素合成遺伝子のような場所に挿入されることで変異が生じることを示しました。

トランスポゾンの他の例としては、出芽酵母（Saccharomyces cerevisiae）のTy因子や、キイロショウジョウバエ（Drosophila melanogaster）のP因子などが知られています。Ty因子はレトロトランスポゾンの一種であり、RNAとして転写された後に逆転写酵素によってDNAに戻され、ゲノムの別の場所に挿入されることで増殖します。P因子は特に生殖細胞系列において活発にゲノムへの挿入を起こし、突然変異の主要な原因の一つとなりますが、体細胞ではその活動は抑制されています。

原核生物のモバイローム

原核生物、特に細菌におけるモバイロームは、真核生物とは異なる主要な要素によって構成されています。最も代表的なのは、染色体とは別に細胞内に存在する環状のDNA分子であるプラスミドと、細菌の染色体に組み込まれたウイルスのゲノムであるプロファージです。

プラスミドは1940年代に細菌の染色体外遺伝要素として発見されました。これらは自己複製能力を持つことが多く、細菌の増殖に伴って娘細胞に受け継がれます。また、多くのプラスミドは、細菌同士が直接接触して遺伝物質を交換する「接合」と呼ばれる現象を通じて、異なる細菌個体間を移動することができます。

プロファージは、バクテリオファージと呼ばれる細菌に感染するウイルスが、そのゲノムを宿主細菌の染色体に組み込んだ状態を指します。プロファージは細菌の増殖とともに複製され、世代を超えて受け継がれます。特定の条件下では、プロファージは細菌染色体から切り出されて新しいバクテリオファージ粒子を形成し、他の細菌に感染することで広がります。

原核生物にもトランスポゾンは存在しますが、一般的にはプラスミドやプロファージが、原核生物の遺伝的多様性や適応においてより中心的で一般的な可動遺伝因子と考えられています。

プラスミドとプロファージは、細菌間での遺伝子の水平伝播において極めて重要な役割を果たします。例えば、多くのプラスミドは抗生物質に対する耐性遺伝子を持っています。これらのプラスミドが接合によって他の細菌に伝播することで、抗生物質耐性が細菌集団全体に急速に拡散し、薬剤耐性菌の出現と蔓延に寄与します。プロファージも同様に水平伝播し、宿主細菌に新たな形質（例えば毒素産生能など）を与えることがありますが、時には細胞を破壊（溶菌）することもあります。

ウイルスのモバイローム

ウイルスのモバイロームを構成するユニークな要素として、ヴィロファージが挙げられます。ヴィロファージは、それ自身だけでは効率的に複製することができず、特定のヘルパーウイルスが同じ細胞に同時に感染している場合にのみ、そのヘルパーウイルスの複製システムを利用して増殖するという、依存的な性質を持つウイルスです。

ヴィロファージは比較的近年になって発見されたもので、2008年にアカントアメーバ（Acanthamoeba castellanii）に寄生する巨大ウイルスであるミミウイルスの系統に随伴して、「スプートニク」と名付けられたヴィロファージが初めて報告されました。その後、「マウイルス」など他のヴィロファージも発見されています。

ヴィロファージは、共感染したヘルパーウイルスが増殖のために宿主細胞内に構築する複製装置を利用して自らの増殖を行います。興味深いことに、ヴィロファージの増殖はしばしばヘルパーウイルスの複製効率を低下させることが観察されており、これはヴィロファージがヘルパーウイルスに対してある種の寄生的な関係にあることを示唆しています。

まとめ

モバイロームは、真核生物、原核生物、ウイルスといった多様な生命体において、ゲノムの構成や遺伝情報の伝播に深く関わる可動遺伝因子の総体です。系統によってその主要な構成要素（トランスポゾン、プラスミド、プロファージ、ヴィロファージなど）は異なりますが、これらの要素は共通してゲノムの動的な性質を担い、進化的な変化、遺伝的多様性の創出、そして生物の適応や生存戦略に重要な役割を果たしています。モバイロームの研究は、ゲノム生物学や進化生物学における重要な分野となっています。

もう一度検索