モントリオール理工科大学虐殺事件

モントリオール理工科大学虐殺事件とは

1989年 12月6日、カナダ・ケベック州モントリオールにあるモントリオール理工科大学で、マルク・レピーヌという男によって引き起こされた銃乱射事件です。この事件は、フェミサイド（女性を標的とした殺人）およびヘイトクライムとして、社会に大きな衝撃を与えました。

犯人のマルク・レピーヌは、半自動小銃と狩猟用ナイフを使用し、大学内で女性ばかりを標的に銃撃。14人の女性を殺害し、14人に重軽傷を負わせた後、自ら命を絶ちました。この事件は、カナダ史上最悪の銃乱射事件の一つとして、歴史に刻まれています。

事件の概要

事件当日、レピーヌは大学の教室に侵入し、男子学生と女子学生を分離させました。彼は、フェミニズムに強く反対する意思を表明した後、女性たちを次々と銃撃しました。最初の教室では6名の女性が命を落とし、その後もレピーヌは廊下、カフェテリア、別の教室へと移動しながら、女性ばかりを標的に銃撃を繰り返しました。最終的に14人の女性が犠牲となり、4人の男性と10人の女性が負傷しました。事件発生からわずか20分後、レピーヌは自らの命を絶ちました。

この事件は、当時カナダで発生した銃撃事件としては過去最大の犠牲者数を記録しました。2020年に発生したノバスコシア州銃撃事件によってその記録は更新されましたが、この事件が社会に与えた衝撃は、今なお多くの人々の記憶に深く刻まれています。

犯行の動機

レピーヌはフランス系カナダ人の母親とアルジェリア人の父親の間に生まれ、幼少期から父親による虐待と、徹底した女性蔑視の思想を植え付けられて育ちました。彼の残したノートには、政治的な動機とともに、「フェミニズムによって自分の人生が台無しにされた」という強い恨みが記されていました。また、彼はフェミニストとみなしたケベック在住の19人の女性の名前をリストアップし、殺害を計画していたことが明らかになっています。

モントリオール理工科大学の受験に失敗したレピーヌは、「男性が優位であった理工学分野に女性が進出し始めたから」という歪んだ考えに至り、自らの不合格を女性のせいだと考えました。彼は「女性は高等教育を受けるべきではない」と主張し、「行き過ぎた教育を施すフェミニストを殺害すべきだ」という危険な思想を抱き、今回の虐殺事件を引き起こしたのです。

事件が与えた影響

この事件は、カナダ社会に深い議論を巻き起こしました。フェミニスト団体や公的機関は、この事件を反フェミニズムによる女性への暴力の象徴的な例として捉え、女性への暴力根絶を目指すホワイトリボンキャンペーンが立ち上がるきっかけとなりました。また、事件発生日の12月6日は、「女性への暴力を記憶し、それに対して立ち上がる国民記念日」と定められました。

一方で、レピーヌが幼少期に受けた虐待に焦点を当て、事件を「孤独な狂人の仕業」として矮小化しようとする動きも見られました。また、移民コミュニティにおける暴力や貧困、差別などの問題を指摘する声も上がりました。この事件は、銃規制の強化を求める世論を後押しし、警察の発砲戦術にも大きな変化をもたらしました。後に発生したドーソン・カレッジ銃乱射事件では、この事件の教訓が活かされ、犠牲者を最小限に抑えることができたとされています。

事件の後遺症

事件で負傷した学生や目撃者は、PTSD（心的外傷後ストレス障害）をはじめとする、さまざまな心身の苦痛に苛まれることになりました。一部の学生は自殺を図るなど、事件による影響は深刻でした。事件から9年後、生存者たちは、過去のトラウマが依然として残っていることを告白しました。この事件は、被害者とその家族だけでなく、社会全体に深い心の傷を残したのです。

警察の対応への批判

事件当時、警察の対応は大きな批判を浴びました。最初に現場に到着した警察官が、建物の周囲にバリケードを張って待機していた間、7人の女性が殺害されてしまったからです。この反省から、警察は緊急事態への対応を改善し、2006年のドーソン・カレッジ銃乱射事件では、迅速な対応により犠牲者を最小限に抑えることができました。

事件を題材にした作品

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による2009年の映画『静かなる叫び』は、この事件を題材にした作品です。事件の悲惨さと、そこから浮かび上がる社会的な問題を深く描き出しています。