モーリス・オアナ

モーリス・オアナ

モーリス・オアナ（Maurice Ohana）は、1913年6月12日にモロッコの都市カサブランカに生を受けた、セファルディ系ユダヤ人の血を引くフランスの作曲家です。彼の父方のルーツがジブラルタルにあったことから、一時、1976年まではイギリス国籍を保持していた時期もありました。彼の生涯は、自身の多様な文化的背景を作曲活動に反映させながら、既存の音楽界の潮流に独自の視点で向き合った探求の連続でした。

経歴

若い頃、オアナは当初、建築の分野を志し学んでいましたが、やがて音楽への強い関心からその道を放棄し、作曲家としての道を歩むことを決意します。音楽の探求のため、イタリアの首都ローマに渡り、著名な作曲家であり教育者であったアルフレード・カゼッラに師事しました。カゼッラのもとで研鑽を積んだ後、1946年にフランスへと帰国します。

フランスに戻ったオアナは、当時の音楽界の状況に対し、一定の距離を置く姿勢を示しました。彼は同時期に音楽グループ「Groupe Zodiaque」を創設します。これは、当時の楽壇において影響力を持っていた主流派の持つ教条主義的な考え方や、特定の技法への偏重に対して、独自の音楽観をもって対峙し、オルタナティブな音楽表現の可能性を探求しようとする試みでした。この時期から、オアナは自身の音楽的なアイデンティティを確立していきます。

作風

オアナの音楽は、彼の多様な文化的背景、特に地中海沿岸地域の豊かな民族音楽に深く根ざしています。その中でも特筆すべきは、スペイン・アンダルシア地方に古くから伝わる伝統歌謡「カンテ・ホンド」からの影響です。カンテ・ホンドが持つ、情熱的でどこか憂鬱な旋律、複雑なリズム、そして深い精神性は、オアナの創作に大きなインスピレーションを与えました。彼の円熟期の作品には、このカンテ・ホンドの要素が色濃く反映されており、独特のリズム感や音響、そして旋法的な響きが特徴となっています。また、彼はしばしば珍しい楽器編成や、伝統的な楽器の新しい奏法を探求することでも知られていました。彼の音楽は、単なる異国趣味ではなく、地中海の魂ともいうべきプリミティブなエネルギーと、洗練された作曲技法が見事に融合したものです。

主な作品

モーリス・オアナは多岐にわたるジャンルで作品を発表しています。主要な作品群としては、声楽作品、特に合唱曲が挙げられます。また、弦楽四重奏曲は彼の重要なレパートリーであり、生涯に3曲が書かれました（1963年、1980年、1989年）。

ギター音楽も彼の創作活動において重要な位置を占めています。特に、彼が好んで用いた十弦ギターのための作品は注目に値し、代表的なものに組曲《日が昇れば（Si le jour paraît...）》や、《月時計（Cadran lunaire）》があります。また、六弦ギターのための作品としては、1957年に作曲された《ティエント（Tiento）》が広く知られています。これらのギター作品は、カンテ・ホンドからの影響を強く示しており、フラメンコギターの奏法や表現を取り入れながら、クラシックギターの語彙の中に新たな響きをもたらしました。

モーリス・オアナは1992年11月13日にその生涯を閉じました。彼の音楽は、その独特の響きと、多様な文化に根ざした深みによって、20世紀後半のフランス音楽界において独自の光を放っています。彼の作品は、今なお多くの音楽家や聴衆によって探求され続けています。

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