ヤコブの夢 (フェッティ)

ドメニコ・フェッティによる『ヤコブの夢』は、1619年頃に制作された板上の油彩画です。イタリア・バロック期に活躍したフェッティの代表作の一つで、現在はオーストリアのウィーン美術史美術館に収められています。同美術館は彼の作品を13点所蔵しており、本作はその中でも特筆すべき一点です。

この絵画は、比較的な近代に現在の所蔵場所に落ち着きました。1648年には、大公レオポルト・ヴィルヘルムが、イギリスのバッキンガム宮殿にあったコレクションから、プラハのフェルディナント3世のために取得しました。その後、帝室のコレクションを経て、1879年にウィーンへともたらされ、美術史美術館の重要な収蔵品となりました。

本作の主題は、『旧約聖書』の中でも広く知られる「創世記」に記されたヤコブの生涯における象徴的な出来事です。物語は、父イサクと母リベカのもとに生まれた双子の兄弟、ヤコブとエサウから始まります。二人は同じ胎から出ながらも対照的な性質を持っていました。兄エサウは野性味溢れる狩人として父イサクに寵愛され、弟ヤコブは物静かな青年として母リベカの愛情を深く受けて育ちました。

ある時、狩りから帰ったエサウは激しい空腹に襲われ、ヤコブが作ったレンズ豆の煮物に目をつけます。ヤコブはこれに乗じ、エサウが生まれながらに持つ「長子権」、すなわち家督や父の祝福を受け継ぐ権利を譲るよう求めます。一時的な食欲に負けたエサウは、軽んじてこの重要な権利を弟に売ってしまいました。

数年後、年老いた父イサクは自身の死期を悟り、長男であるエサウに神からの特別な加護である「祝福」を与えようとします。しかし、母リベカはヤコブを唆し、毛皮などを身につけさせてエサウになりすまさせます。視力を失っていたイサクはこれに欺かれ、ヤコブに祝福を与えてしまいます。この事実を知ったエサウは激しく怒り、ヤコブに危害を加えようとします。身の危険を感じたヤコブは、母リベカの計らいにより、遠くメソポタミア地方にある母の兄ラバンのもとへ逃れる旅に出ることになります。

フェッティが描いたのは、まさにこの逃亡の旅の途上の一場面です。ヤコブは荒涼とした道端で、連れの犬とともに深い眠りについています。画面中央には横たわるヤコブの姿があり、その傍らには忠実な犬が寄り添っています。そして、眠りの中でヤコブが見たのが、この絵画の核心である「天国への梯子」です。

画面上部から地上へと伸びる光り輝く梯子が描かれ、その上を天使たちが昇り降りする様子が表現されています。これは旧約聖書「創世記」28章に記された夢の光景です。この夢は単なる幻視ではなく、神がヤコブとその子孫にカナンの地を与え、常に共にいることを約束するという、重要な啓示でした。

この「天国への梯子」の象徴性は、後のキリスト教においても深く解釈されます。『新約聖書』においては、イエス・キリスト自身がこの梯子を自分になぞらえ、人々と神を結ぶ存在であると示唆しています。そのため、「ヤコブの梯子」はキリストの降臨や復活、そして人間が精神的な高みを目指す道筋を象徴するものとしても捉えられます。寓話や幻視的な主題を好んだフェッティにとって、この象徴性に富んだ聖書の出来事は、まさしく描くべき題材でした。

フェッティは本作において、その優れた画力を遺憾なく発揮しています。聖書の物語でありながら、眠るヤコブや犬の姿は生き生きとした風俗画のようなリアリティをもって描かれています。また、天国からの光を受けて輝く梯子や天使たちの表現、そして特に画面全体に広がるみずみずしく、透明感のある色彩は、大気の揺らぎや神秘的な雰囲気を巧みに描き出しており、画家の真骨頂を示しています。物語の劇的な要素と、絵画空間全体の詩的な表現が見事に融合した作品と言えるでしょう。

『ヤコブの夢』は、聖書の物語に深い洞察を与えつつ、画家の独自の世界観と優れた技術が融合した、ドメニコ・フェッティの重要な遺産です。ウィーン美術史美術館を訪れる際には、この神秘的な夢の世界に触れることができるでしょう。

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