ヤコブの梯子

ヤコブの梯子（ヤコブのはしご）

概要

ヤコブの梯子は、『旧約聖書』の「創世記」28章に記された、族長ヤコブが見た印象的な夢に現れる存在です。彼が兄エサウから逃れる旅の途中、野宿した夜に見た夢の中で、地上から天へと伸びる一本の梯子が現れ、その上を神の使い（天使）が上り下りしていました。そして梯子の頂上には神が立っており、ヤコブとその子孫にカナンの地を与え、決して見捨てないと約束したとされています。

この夢が持つ意味については古来より様々な議論があり、解釈は多岐にわたります。多くの伝統的な見解では、これは神がアブラハムの子孫としてヤコブを選び、彼とその子孫（イスラエルの民）に対する神聖な約束と義務、そして継承権を確認する象徴であると考えられています。また、「ヤコブの夢」や、気象現象としての薄明光線（太陽光線が雲間から放射状に降り注ぐ現象）を指す「天使の梯子」といった別称でも知られています。英語では「Jacob's Ladder」と呼ばれ、一般的には天国への道や精神的な上昇の比喩として用いられます。

聖書における記述

ヤコブの梯子のエピソードは、「創世記」28章10節から19節に詳細が述べられています。

各宗教における解釈

ヤコブの梯子の夢は、アブラハムの宗教において重要な象徴として、それぞれの伝統の中で独自の解釈が発展してきました。

ユダヤ教

古典的なトーラー解釈書であるミドラーシュには、ヤコブの梯子に関するいくつかの見方があります。ある解釈では、この梯子はイスラエルの民がメシアの時代まで経験する Exile（追放、流浪）を象徴するとされます。梯子を上り下りする天使は、バビロン、ペルシャ、ギリシャ、そしてローマ（エドム）といった支配者たちの興亡と、それに対応するユダヤ民族の Exile の期間を表しているとされます。ヤコブはローマによる Exile が終わらないのではないかと恐れますが、神は終末にはエドムも滅びると約束します。

別の解釈では、天使がまず「上り」次に「下りた」ことに着目し、ヤコブがカナン（聖地）の外に出た際に聖地の天使が天に戻り、他の地の天使がヤコブに付き添うために下りてきたことを示すとされます。ヤコブがカナンに戻ると、再び聖地の天使が出迎えた、と説明されます。

さらに、ヤコブが夜を過ごした場所が、後にエルサレム神殿が建てられるモリヤ山であったとする解釈もあります。モリヤ山は天と地を結ぶ「橋」と見なされており、梯子はこの繋がり、すなわち天と地を結ぶ媒体としてのトーラー（律法）の授与を暗示するとされます。ヘブライ語で「梯子」を意味する סלם (sulam) と「シナイ」（トーラーが与えられた山） סיני (sinai) のゲマトリア（文字の数値）が等しいことも、この解釈を支持する根拠とされています。

ヘレニズム時代のユダヤ哲学者アレクサンドリアのフィロンは、その著作で梯子に寓意的な解釈を与えました。彼はいくつかの解釈を示し、天使を魂の肉体からの分離と合体、あるいは神のロゴス（言葉）が苦難にある魂を救うために降臨すること、あるいは修行者の人生における徳と罪の浮き沈み、あるいは人間社会の絶え間ない変化を表すものと見なしました。

紀元70年のエルサレム攻囲戦と第二神殿の破壊後、ヤコブの梯子の物語は偽典『ヤコブの梯子』の基盤となり、メルカバー神秘主義（神の玉座の chariot に関するユダヤ神秘主義）の文脈でヤコブの経験が解釈されました。ヤコブが夢を見たとされる場所は、現在イスラエルのベイトエル近くの丘であると信じられており、仮庵の祭りの時期には巡礼地となります。

キリスト教

『新約聖書』「ヨハネによる福音書」1章51節で、イエスが「まことに、まことに、あなたがたに言います。天が開けて、神の使いが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたは見ることになります」と述べたとされる箇所は、ヤコブの梯子の夢との関連で解釈されることがあります。これは、イエス自身が天と地、あるいは神と人間の間の橋渡し役、すなわち「真の梯子」であることを示唆していると見なされます。ヤコブが天と地の再結合を夢で見たように、イエスはその結合を現実のものとする存在である、という解釈です。

教父たちもヤコブの梯子のテーマを頻繁に引用しました。エイレナイオスは教会を「神への昇りの梯子」と呼び、3世紀のオリゲネスは禁欲的な生き方と、死後の魂の天への旅という二つの梯子があると考えました。4世紀のナジアンゾスのグレゴリオスは梯子を霊的な卓越性への段階、あるいは修行の道と見なし、ニュッサのグレゴリオスはモーゼが梯子を上って神秘的な天に至ったと解釈しました。金口イオアンも禁欲主義との関連で梯子について記しています。

ヤコブの梯子は、ヨアンネス・クリマコスの古典的著作『天国への階梯』によって、精神的な修行と禁欲主義のアナロジーとして広く影響を与えました。この著作にはヤコブの梯子を描いたイコンが収められており、修行者が梯子を上り天を目指す様子と、悪魔が彼らを引きずり下ろそうとする様子が描かれています。梯子を上ったとされるモーゼが十戒を受けたシナイ山と、ヨアンネス・クリマコスが院長を務めたシナイ山の聖エカテリニ修道院との関連も指摘されます。

イングランドにあるバース寺院の西側ファサードには、ヤコブの梯子を上り下りする天使の像が彫刻されています。

イスラム教

イスラム教では、ヤコブは預言者ヤクブとして崇敬されています。イスラム教学者たちは、ヤコブが幻視した梯子と、預言者ムハンマドが経験したとされる夜の旅（ミラージュ、あるいは昇天）の出来事を parallels で捉えることがあります。ヤコブの梯子はアッラーの力の象徴の一つと解釈され、イスラム教が説く「まっすぐな道」（シラート・アル・ムスタキーム）に従うことの本質を表していると考える者もいます。イスラム神秘主義の観点からは、梯子は人間がアッラーとの間に持つ関係性や、霊的な上昇の道を象徴すると説明されます。

ヤコブの梯子