ヤシャブシ

ヤシャブシ（夜叉五倍子）

ヤシャブシ（学名: Alnus firma）は、カバノキ科ハンノキ属に分類される落葉高木で、日本固有の樹木です。西日本に多く自生しており、特に太平洋側の地域に分布しています。近年では、花粉が花粉症などのアレルギーを引き起こす原因となることが知られるようになりました。

名称の由来

ヤシャブシという名前は、熟した果穂の形状が夜叉を連想させることに由来します。また、果穂にはタンニンが多く含まれており、古くは五倍子の代用として、お歯黒などの顔料に利用されていました。そのため、「オハグロノキ」とも呼ばれています。

分布と生育環境

ヤシャブシは、本州の福島県から紀伊半島にかけての太平洋側、四国、九州に分布しています。丘陵から山地にかけて生育し、低山帯や平野部でも見られます。日当たりの良い場所を好み、法面や崩壊地、はげ山などにも生えやすいのが特徴です。また、街路樹として植えられることもあります。ただし、日本海側にはほとんど自生しません。

形態と生態

ヤシャブシは、高さ10〜15メートルほどの落葉広葉樹です。樹皮は灰褐色で滑らかですが、成長とともに不規則に剥がれるようになります。老木になると樹皮が短冊状に剥がれ目立ちますが、成木ではあまり特徴的ではありません。枝はよく分岐し、若い枝には毛が生えています。

葉は互生し、濃い緑色で、幅の狭い卵形をしています。葉の縁には鋸歯があり、長さは4〜10センチ、幅は2〜4センチほどです。側脈は通常13〜18対で、多くても20対以内です。

花期は3〜4月で、葉が出る前に花を咲かせます。雌雄同株で、雄花と雌花が別々に咲く雌雄異花です。雄花序は枝の先に1〜5個つき、開花すると下垂する尾状花序となります。雌花序は雄花序の下の芽から1〜2個つき、小さく直立または斜めに立つ穂状花序です。

果実は小さな松かさ状の果穂で、上向きに2〜3個つき、冬でも残ります。種子は光発芽種子で、発芽には光が必要です。ヤシャブシ類は根に放線菌を共生させており、裸地や荒地でもよく生育するため、先駆植物（パイオニア植物）として知られています。この特性から、山地の緑化に利用されることがあります。

冬芽は鱗芽で、枝先の仮頂芽と枝の側芽が互生し、披針形で先が尖っています。芽鱗は3〜4枚で、紫紅色でつやがあります。雄花序の冬芽は枝先に2個つき、円筒形で裸芽です。葉痕は三角形や半円形で、維管束痕が3個あります。

近縁種

ヤシャブシには、いくつかの近縁種が存在します。

オオバヤシャブシ (A. sieboldiana):
本州の太平洋側に多く自生し、海岸に近い地域に分布します。高さは10〜15メートルほどで、葉の側脈は12〜16対です。果穂は1個のみ上向きにつきます。花はヤシャブシとは異なり、枝の先端から葉、雌花、雄花の順につきます。伊豆あたりの太平洋沿岸に多く自生しています。
ヒメヤシャブシ (A. pendula):
日本海側や雪の多い地域、高山に分布します。ヤシャブシに比べて葉が細長く、側脈が20対以上と多いのが特徴です。江戸時代末期に発見され、全国のはげ山や防風林に植栽され、分布域を広げました。
ミヤマヤシャブシ (A. firma var. hirtella):
ヤシャブシとほぼ同じ特徴と分布を持ちますが、葉の裏に毛が多い点が異なります。

ヤシャブシ類とアレルギー

ヤシャブシ類は、花粉症の原因となることが指摘されています。特に、ヤシャブシの花粉は口腔アレルギー症候群を引き起こすことがあります。過去に大量植樹が行われた兵庫県の六甲山周辺が中心でしたが、近年では新興住宅地を中心に全国的に植樹されるようになったため、オオバヤシャブシの花粉症も拡大傾向にあります。花粉の飛散時期は3〜4月頃までです。緑化樹としての利用は減少しており、兵庫県では市民による伐採も行われています。

六甲山周辺では、初期の緑化に有効なためヤシャブシ類が植栽された結果、2月頃の花粉の飛散期に、花粉症を発症する人が増加しました。さらに、フルーツアレルギーを併発するケースも見られました。ヤシャブシの花粉はスギなどに比べて重いため、より重篤なアレルギーを引き起こしやすいと考えられています。

脚注

参考文献
* 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文『樹皮と冬芽：四季を通じて樹木を観察する 431種』誠文堂新光社〈ネイチャーウォチングガイドブック〉、2014年10月10日、128頁。ISBN 978-4-416-61438-9。

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