ヤシ酒

ヤシ酒（Palm wine）とは

ヤシ酒は、ヤシの木から採取される甘い樹液を発酵させて造られるアルコール飲料の総称です。特に発酵のみで造られる醸造酒を指すことが多く、パームワイン（Palm wine）とも呼ばれています。ただし、同じヤシ科に属するシュロを原料とする酒は「シュロ酒」と呼ばれ、トディ（Toddy）として区別される場合もあります。

また、ヤシの樹液を原料とする酒には、醸造酒をさらに蒸留して造られる蒸留酒も存在し、これらも広く「ヤシ酒」と呼ばれることがあります。

残念ながら、ヤシ酒の原料採取のために、特定のヤシの種が絶滅の危機に瀕するなど、生態系に悪影響が出ている地域もあります。

世界各地のヤシ酒

ヤシ酒、特に醸造酒は、東南アジアやアフリカの赤道付近で広く親しまれており、その土地ごとに様々な呼び名があります。例えば、ナイジェリアでは「emu」や「oguro」、コンゴでは「nsamba」や「malafu」、ガーナでは「nsafufuo」、インド南部では「kallu」、スマトラ島北部では「tuak」、ボルネオ島では「goribon」や「tuba」、フィリピンでは「tuba」と呼ばれています。これらの地域以外にも、メキシコやマリアナ諸島でも「tuba」という名称が使われています。一方、シュロ酒（トディ）は主にスリランカやミャンマーなどで消費されています。

醸造酒とは別に、蒸留されたヤシ酒も存在し、これらは醸造酒とは異なる独自の名称で区別されます。

フィリピン: 醸造酒が「tuba」と呼ばれるのに対し、蒸留酒は「ランバノグ（Lambanog）」として知られています。
ナイジェリア: 醸造酒が「emu」「oguro」と呼ばれる一方で、蒸留酒は「ogogoro」と呼ばれています。
ガーナ南部: 醸造酒が「nsafufuo」ですが、蒸留酒は「akpeteshi」や「burukutu」と呼ばれて作られています。

ヤシの樹液を使った似た種類のお酒として、インドネシアには「アラック（arak）」があります。これはヤシの樹液だけでなく米も一緒に発酵させた後に蒸留して造られるお酒です。

混同しやすいものとして、ココナッツミルクを配合したリキュール（例：マリブ）が見られますが、これらは複数の成分を混ぜ合わせた混成酒であり、製造方法が全く異なるため、一般的なヤシ酒とは区別されます。

原料となるヤシと採取方法

ヤシ酒造りには、特定のヤシから樹液を採取する必要があります。使用されるヤシの種類は地域によって異なり、東南アジアではココヤシやシュロが多く用いられます。アフリカでは、野生のナツメヤシ、アブラヤシ、ラフィアヤシなどが好まれます。コンゴでは、採取するヤシの種類によってヤシ酒の名称が細かく分けられており、アブラヤシからは「ngasi」、ラフィアヤシからは「dibondo」、ココヤシからは「cocoti」といった具合に呼ばれます。

樹液の採取は主にヤシの花穂から行われます。花穂を切り取り、切り口に容器を固定することで、そこから滲み出てくる白色で糖分を豊富に含む樹液を集めます。時には切り口を焼いて樹液の出を良くすることもあります。ヤシの種類によっては、茎に傷をつけて樹液を採取する方法も用いられます。

地域におけるヤシ酒の文化と利用

インドでの扱い

インドでは、採取されたばかりのヤシの樹液は「Neera」または「Padaneer」と呼ばれます。この樹液は豊富な栄養とカリウムを含むとされ、公社によって冷凍保存・備蓄されることもあります。その際は発酵を防ぐために少量の石灰が加えられます。

採取された樹液は空気中の酵母によってすぐに発酵が始まります。これは採取に使った容器に酵母が付着していたり、樹液がそのまま酵母の栄養源となる糖分を含んでいるためです。初期の発酵段階でアルコールがほとんど含まれていない状態で「Neera」や「Padaneer」としてそのまま飲用されることもあります。さらに発酵を進めて醸造酒とする代わりに、酢酸発酵させて酸味のある飲料として楽しむ人々もいます。また、インドの一部地域では、この樹液を煮詰めて水分を飛ばし、粗糖を作るのに利用することもあります。

十分に発酵させた醸造酒は「kallu」と呼ばれます。「kallu」は熟成させずに造られたらすぐに飲まれる、日持ちしない酒です。主なタイプとして、シュロから造られた「Thadi Kallu」と、特定のナツメヤシから造られた「Eetha Kallu」があり、一般的に「Eetha Kallu」の方がアルコール度数は低い傾向があります。「Thadi Kallu」は料理にも活用され、米粉の生地に混ぜることで発酵や膨張を助けたり、パンを柔らかくしたりする効果があります。

かつてヤシ酒に関する法整備が不十分だった時代には、密造酒にメタノールが混入され、中毒死などの重大な事故が発生したこともあります。このような経緯から、現在ではヤシ酒の製造や販売には免許が必要となっています。

イボ族の文化

ナイジェリアをはじめとする中部・西アフリカに住むイボ族にとって、ヤシ酒は多くの儀式において欠かせない重要な役割を担っています。結婚式や誕生祝い、葬儀といった機会には、大量のヤシ酒が振る舞われます。また、イボ族の文化では、ヤシ酒はしばしば、薬草の効果を高めるための媒体としても用いられることがあります。

ヤシ酒を飲む前に少量を地面に注ぐ習慣は、祖先の霊に対する敬意を示す行為とされています。イボ族では性別を問わずヤシ酒が楽しまれますが、公の場では通常、女性は男性に比べて飲む量が少ないという習慣が見られます。

関連情報

ヤシとシュロ
* 熱帯

もう一度検索