ヤニサシガメ
ヤニサシガメ（Velinus nodipes）は、カメムシの仲間であるサシガメ科に属する昆虫です。その名の通り、黒い体は松ヤニのような粘液に覆われており、触るとべたつきます。この独特な外見と習性が大きな特徴です。
成虫の体長は14〜15ミリメートル程度で、サシガメの仲間としては中型です。体全体が樹脂様の粘液質で覆われることが多く、鈍い光沢を帯びています。頭部は細長く、先端が尖っており、前胸との間は強くくびれています。黒い触角は細長い4節から成り、特に第1節は最も長く、基部近くがくびれてあたかも別の節があるように見えます。この第1節の中ほどには、二つの白い環状の模様があります。第2節と第3節は短く、第4節はこれらよりもやや長めです。前胸背の中央はくびれており、背面には十字状の窪んだ溝が見られます。これにより、前胸の前半部は左右に盛り上がった形状になります。小楯板は小さく、その先端は小さな粒状になっており、黄色い色をしています。前翅は長く、背中に畳むと腹部の後端より突き出すほどです。色は褐色を帯びています。腹部の両側面にある結合板は、上向きに折り曲げられており、あたかも腹部の縁に低い板が立てられているように見えます。各節の端は波打ったような形状です。歩脚は黒く、腿節には数カ所にコブ状の隆起があり、その間は黄白色を呈しています。脛節にも同様の隆起が不明瞭ながら見られます。
日本では、本州、四国、九州に加えて伊豆諸島の神津島で確認されています。国外では、朝鮮半島と中国からも記録があります。
ヤニサシガメは主に松林やその林縁で生活しています。松の木を中心に活動しますが、スギやヒノキで見つかることもあります。動きは比較的緩慢で、飛ぶことも可能ですが、その飛翔力はあまり強くないようです。捕食性であり、様々な昆虫を餌としています。サシガメ類は一般的に捕食者ですが、ヤニサシガメは比較的広い範囲の獲物を狩ることで知られています。ある調査では、以下のような昆虫がその獲物として確認されています。
カゲロウ類
カワゲラ類
マツオオアブラムシ
マツカレハ
ミツクリハバチ、マツノミドリハバチ
マツノシラホシゾウムシ
アサマルハナノミ
ムツボシテントウ
ユスリカ類
イエバエ類
越冬は5齢の幼虫で行われます。夏の間は松の木の高い場所で過ごしていますが、9月から10月にかけて5齢に達した幼虫は、気温の低下に伴い次第に松の木の根元に集まり始めます。秩父地方のアカマツ林で行われた調査では、南斜面の松の木に幼虫が多く見られましたが、越冬場所は個々の木の北側に集中していたという報告があります。これは、北側の方が昼夜の温度変化が小さいことが理由と考えられています。また、全体の約8割の幼虫が地上から10センチメートル以内の場所で越冬していました。幼虫は体表に粘液をまとっているため、これに土や枯れ葉を付着させ、保護膜として利用しながら集団で越冬する個体が多く見られます。
ヤニサシガメは、幼虫も成虫も触れると粘り気があり、特に歩脚でその傾向が顕著です。これは体表が粘液に覆われているためで、この粘液が松ヤニに似ていることは古くから知られており、和名の由来ともなっています。以前は、この粘液はヤニサシガメ自身が分泌するものだと考えられていました。例えば、特定の文献には「体全体にマツヤニ状の粘着物を分泌し」といった記述が見られます。また、ヤニサシガメが松ヤニの分泌場所に口吻を差し入れている様子が観察されたことから、松ヤニの成分を摂取して分泌物に反映させているのではないか、あるいは歩脚のコブ状部分から分泌されているのではないか、といった推測もなされていました。
しかし、その後の研究により、この粘液がヤニサシガメ自身の分泌物ではなく、松ヤニそのものであることが明らかになりました。飼育実験では、容器内の松の小枝を新しいものに取り替えると、ヤニサシガメがすぐにやってきて、1時間ほどかけて松ヤニを自分の体に塗りつける行動が見られました。この行動は多くの個体で行われます。塗りつけの手順も決まっており、まず松ヤニの分泌部で第1脚の先端を使って松ヤニをこすり取り、それを第2脚の腿節に塗りつけます。次に、第2脚から第3脚の腿節、および第1脚の腿節へと塗り広げ、最後に第3脚の腿節から腹部の側面や背面に塗りつけます。この間、ヤニサシガメは松ヤニの分泌部に口吻を差し入れたり、触角で探ったりする行動も行います。飼育下で新鮮な松の小枝の供給を止めると、ヤニサシガメの体表の光沢が失われるだけでなく、動きが鈍くなり、餌も取らなくなって次第に衰弱死することが分かっており、松ヤニはヤニサシガメにとって生命維持に必須の物質であると考えられています。
ただし、ヤニサシガメがなぜ松ヤニを体にまとうのか、その具体的な意味や効用については、まだ明確には解明されていません。その粘着力によって獲物を捕らえる助けになっているのではないか、といった可能性も指摘されていますが、科学的に確立された見解ではないようです。
ヤニサシガメが属するヤニサシガメ属（Velinus属）は、東アジア、東南アジア、マダガスカルから合計16種が知られていますが、日本には本種のみが分布しています。外見が似ているものとしては、同じモンシロサシガメ亜科に属するシマサシガメ（Sphedanolestes impressicollis）やヨコヅナサシガメ（Agriosphodorus dohrni）が挙げられます。これらの種も黒と白のまだら模様を持ち、腹部がやや幅広くなっています。シマサシガメは歩脚が細く、コブ状の隆起がなく滑らかで、まだら模様がよりはっきりしています。ヨコヅナサシガメも歩脚に隆起がなく滑らかですが、ヤニサシガメやシマサシガメに比べて腹部の幅が非常に広いのが特徴です。
形態
成虫の体長は14〜15ミリメートル程度で、サシガメの仲間としては中型です。体全体が樹脂様の粘液質で覆われることが多く、鈍い光沢を帯びています。頭部は細長く、先端が尖っており、前胸との間は強くくびれています。黒い触角は細長い4節から成り、特に第1節は最も長く、基部近くがくびれてあたかも別の節があるように見えます。この第1節の中ほどには、二つの白い環状の模様があります。第2節と第3節は短く、第4節はこれらよりもやや長めです。前胸背の中央はくびれており、背面には十字状の窪んだ溝が見られます。これにより、前胸の前半部は左右に盛り上がった形状になります。小楯板は小さく、その先端は小さな粒状になっており、黄色い色をしています。前翅は長く、背中に畳むと腹部の後端より突き出すほどです。色は褐色を帯びています。腹部の両側面にある結合板は、上向きに折り曲げられており、あたかも腹部の縁に低い板が立てられているように見えます。各節の端は波打ったような形状です。歩脚は黒く、腿節には数カ所にコブ状の隆起があり、その間は黄白色を呈しています。脛節にも同様の隆起が不明瞭ながら見られます。
分布
日本では、本州、四国、九州に加えて伊豆諸島の神津島で確認されています。国外では、朝鮮半島と中国からも記録があります。
生態
ヤニサシガメは主に松林やその林縁で生活しています。松の木を中心に活動しますが、スギやヒノキで見つかることもあります。動きは比較的緩慢で、飛ぶことも可能ですが、その飛翔力はあまり強くないようです。捕食性であり、様々な昆虫を餌としています。サシガメ類は一般的に捕食者ですが、ヤニサシガメは比較的広い範囲の獲物を狩ることで知られています。ある調査では、以下のような昆虫がその獲物として確認されています。
カゲロウ類
カワゲラ類
マツオオアブラムシ
マツカレハ
ミツクリハバチ、マツノミドリハバチ
マツノシラホシゾウムシ
アサマルハナノミ
ムツボシテントウ
ユスリカ類
イエバエ類
越冬は5齢の幼虫で行われます。夏の間は松の木の高い場所で過ごしていますが、9月から10月にかけて5齢に達した幼虫は、気温の低下に伴い次第に松の木の根元に集まり始めます。秩父地方のアカマツ林で行われた調査では、南斜面の松の木に幼虫が多く見られましたが、越冬場所は個々の木の北側に集中していたという報告があります。これは、北側の方が昼夜の温度変化が小さいことが理由と考えられています。また、全体の約8割の幼虫が地上から10センチメートル以内の場所で越冬していました。幼虫は体表に粘液をまとっているため、これに土や枯れ葉を付着させ、保護膜として利用しながら集団で越冬する個体が多く見られます。
体表の粘液について
ヤニサシガメは、幼虫も成虫も触れると粘り気があり、特に歩脚でその傾向が顕著です。これは体表が粘液に覆われているためで、この粘液が松ヤニに似ていることは古くから知られており、和名の由来ともなっています。以前は、この粘液はヤニサシガメ自身が分泌するものだと考えられていました。例えば、特定の文献には「体全体にマツヤニ状の粘着物を分泌し」といった記述が見られます。また、ヤニサシガメが松ヤニの分泌場所に口吻を差し入れている様子が観察されたことから、松ヤニの成分を摂取して分泌物に反映させているのではないか、あるいは歩脚のコブ状部分から分泌されているのではないか、といった推測もなされていました。
しかし、その後の研究により、この粘液がヤニサシガメ自身の分泌物ではなく、松ヤニそのものであることが明らかになりました。飼育実験では、容器内の松の小枝を新しいものに取り替えると、ヤニサシガメがすぐにやってきて、1時間ほどかけて松ヤニを自分の体に塗りつける行動が見られました。この行動は多くの個体で行われます。塗りつけの手順も決まっており、まず松ヤニの分泌部で第1脚の先端を使って松ヤニをこすり取り、それを第2脚の腿節に塗りつけます。次に、第2脚から第3脚の腿節、および第1脚の腿節へと塗り広げ、最後に第3脚の腿節から腹部の側面や背面に塗りつけます。この間、ヤニサシガメは松ヤニの分泌部に口吻を差し入れたり、触角で探ったりする行動も行います。飼育下で新鮮な松の小枝の供給を止めると、ヤニサシガメの体表の光沢が失われるだけでなく、動きが鈍くなり、餌も取らなくなって次第に衰弱死することが分かっており、松ヤニはヤニサシガメにとって生命維持に必須の物質であると考えられています。
ただし、ヤニサシガメがなぜ松ヤニを体にまとうのか、その具体的な意味や効用については、まだ明確には解明されていません。その粘着力によって獲物を捕らえる助けになっているのではないか、といった可能性も指摘されていますが、科学的に確立された見解ではないようです。
類似種
ヤニサシガメが属するヤニサシガメ属（Velinus属）は、東アジア、東南アジア、マダガスカルから合計16種が知られていますが、日本には本種のみが分布しています。外見が似ているものとしては、同じモンシロサシガメ亜科に属するシマサシガメ（Sphedanolestes impressicollis）やヨコヅナサシガメ（Agriosphodorus dohrni）が挙げられます。これらの種も黒と白のまだら模様を持ち、腹部がやや幅広くなっています。シマサシガメは歩脚が細く、コブ状の隆起がなく滑らかで、まだら模様がよりはっきりしています。ヨコヅナサシガメも歩脚に隆起がなく滑らかですが、ヤニサシガメやシマサシガメに比べて腹部の幅が非常に広いのが特徴です。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。