ヤマアイ

ヤマアイ（学名：Mercurialis leiocarpa）は、トウダイグサ科に分類される多年生の草本です。日本にはこの属の植物としては本種のみが知られています。古くから衣服などの染料として利用されてきましたが、一般的に「藍」と呼ばれる青色とは異なり、生の葉を用いて染めると主に緑色を発色します。

植物学的特徴

本種は草丈が30〜40cmほどになる小型の植物です。地下茎が地中を横方向に長く這い広がり、そこから地上茎が立ち上がって群落を形成します。生きた地下茎は白色ですが、乾燥させると紫色を帯びる性質があります。地上茎は断面が四角形で、しっかりとした稜（りょう）があります。葉は茎に対になってつき、基部には細い托葉（たくよう）があります。葉の形は細長い卵形や楕円形に近く、長さは10cmほどです。先端は尖り、基部はやや幅広くなっており、葉の縁には細かい鋸歯（のこぎりば）が並びます。葉の表面にはまばらに毛が生え、比較的長い葉柄を持ちます。

花と果実

花期は春から夏にかけての4月から7月頃です。茎の上部につく葉の付け根から、やや細長い穂状の花序（花の並び）を出します。ヤマアイは雄花と雌花を別の個体につける雌雄異株（しゆういしゅ）の植物です。花は花序に間隔を置いてつきますが、特に雌花序につく花の数は少なめです。

雄花は、蕾の状態では萼全体が丸い球形をしていますが、開花すると膜質の萼が3つに裂けて開きます。雄蕊（ゆうずい）は10本から30本と多く、花糸（かし）は互いにくっつかず、花床の中心部から束のように出ています。葯（やく）は2つの部屋に分かれており、基部まで離れてついています。開花当初は下向きに垂れていますが、やがて上を向き、外側の上部で縦に裂けて花粉を出します。

雌花には3つの花被（花びらや萼片）があり、花盤（かばん）は2つに裂けて、それぞれが披針形の突起として突き出ています。子房（しぼう）はこの2本の突起に挟まれるように位置し、2つの部屋に分かれています。柱頭（ちゅうとう）は2つあり、子房の各部屋にはそれぞれ1つの胚珠（はいしゅ）が含まれています。

受粉後にできる果実は蒴果（さくか）で、亜鈴（つりがね）のような形をしており、直径は約5mmです。表面には小さな突起があり、熟すと2つの丸い小球に分かれます。種子は丸い形をしています。

和名の由来、分布、分類

和名「ヤマアイ」は、畑で栽培される一般的な「アイ」（タデ科の植物）に対して、山野に自生することから名付けられたとされています。

分布域は広く、日本では本州の青森県西津軽以南から琉球列島にかけて見られます。国外では朝鮮半島、中国、台湾、インドシナ半島にも分布しています。主に山林の林床などで、地下茎を伸ばして群落を作って生育しています。

世界的にはヤマアイ属（Mercurialis）にはヨーロッパからアジアにかけて約7種がありますが、日本にはこのヤマアイ（Mercurialis leiocarpa）ただ1種のみが自生しています。

染料としての歴史と「青」を巡る議論

ヤマアイは、日本において最も古くから用いられてきた染料の一つと考えられています。中国から伝来したタデ科のアイや、キツネノマゴ科のリュウキュウアイが普及する以前から、主に生の葉を用いた「摺り染め」（葉を布に擦り付けて色を移す方法）に利用されていました。万葉集や源氏物語といった古典文学にもその名が登場し、特に皇室が神事の際に着用したとされる「小忌衣（おみごろも）」を染めるのにも使われたと伝えられています。しかし、生の葉を摺りつけて得られる色は、インジゴ色素を含まないため、現在私たちが「藍色」と認識するような青色ではなく、緑色です。

ところが、歴史的な文献においては「山藍摺り」によって染められた色が「青色」と記されている例が見られます。例えば小忌衣も「青摺衣」と呼ばれ、「紅（あけ）の長紐」とともに用いられたとされています。この記述と実際の染色結果の間に生じる矛盾については、いくつかの解釈があります。一つには、古い時代の日本語における「あお」という言葉が、現在の青だけでなく、緑色も含めた広範な色を指していた可能性が指摘されています。現在の「青」という言葉が特定の青色を示すようになったのは室町時代以降ではないかという説もあります。

一方で、文献の記述通り、何らかの特別な技法を用いることでヤマアイから青色を出すことが可能だったのではないかという考えもあります。実際に、近年ではヤマアイの乾燥させた地下茎（乾燥させると紫色になる性質を利用）を細かく砕いて水で色素を抽出し、銅イオンを媒染剤として用いることで青色を布に定着させる研究報告があります。この研究成果は、古代に知られていた可能性のある染色方法を示唆するものです。

混乱について

「ヤマアイ」という名称に「アイ」と付くにもかかわらず、タデ科のアイが持つような青い色素（インジゴ）を含んでいないことが、しばしば混乱の原因となります。特に、乾燥した地下茎が紫色を呈することから、これが青い染料の原料になると誤解されることがあります。また、同じく染料植物として利用されるタデ科のアイやリュウキュウアイと混同されることもあります。

さらに歴史的には、明治時代初期に鹿児島地方で栽培されていたリュウキュウアイの一部が「ヤマアイ」と呼ばれたことがあり、これがさらなる混同を招いたようです。実際には、タデ科のアイのように染液に浸けて染める浸染法を用いても、ヤマアイからは青色は得られず、緑色に染まるのが一般的です。

このように、ヤマアイはその歴史的な利用や名称から「藍」の仲間と認識されがちですが、植物学的にも、また通常の染色方法で得られる色も、いわゆる藍色とは異なる特徴を持つ植物です。歴史文献における色の記述の解釈や、古代の染色技術の再現など、未だ探求の余地がある興味深い存在と言えます。

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