小忌衣

小忌衣（おみごろも）

小忌衣は、日本の古代から伝わる、神聖な祭祀や儀式に際して着用される特別な装束、特に上衣を指します。

その起源は古く、『古事記』などにもその存在が見られる青摺衣に系統を引くと考えられています。「忌」という言葉が神聖さを表すことからも、この装束が持つ宗教的な意義がうかがえます。

主に、天皇が自ら執り行う「親祭」と呼ばれる重要な神事、例えば新嘗祭や、天皇が代始めに行う大嘗祭、そして毎月行われる神今食において、奉仕する貴族以下の官人たちが着用しました。

これらの親祭では、亀卜（亀の甲羅を使った占い）によって神祭に奉仕する者が選ばれ、彼らは「小忌（または小斎）」と称されました。この装束が主に小忌に選ばれた人々によって用いられたことから、「小忌衣」という名が定着したとされています。対照的に、占いで選ばれなかった一般の官人は「大忌」（「大」は「凡」に通じ、「一般の」の意）と呼ばれ、祭儀の中心的な役割を担うことはありませんでした。

小忌衣は、男女を問わず、既に着用している装束の上に羽織る形で身につけられました。一般的な着装では、右肩から赤色または赤黒色の紐を垂らすのが特徴です。しかし、神楽などの舞を伴う場面では、動きの妨げにならないよう、紐を左肩から垂らす慣習が見られます。

生地は、白絹や白麻が用いられ、そこに「青摺（あおずり）」という技法で文様が描かれます。この青摺には、石清水八幡宮の境内に自生する山藍の葉の汁が用いられるのが習わしでした。文様としては、花鳥風月などをモチーフにした素朴なものが一般的です。小忌衣には、袖がないものと袖付きのもの、両方の形式が存在しました。

院政期以降、特に近世にかけては、その用途や着用者の身分に応じて、いくつかの種類の小忌衣が制度的に定められていきました。

諸司小忌（しょしおみ）
これは、身頃が二幅、左右の袖がそれぞれ一幅ずつ、合計四幅で構成される垂領（たれくび）の形式で、おくみはありません。右肩には赤紐が付けられます。この名称は、親祭の当日、官人（特に小忌に選ばれた者）に下賜されて着用されたことに由来します。参内後に下賜されると、着用している束帯の上に羽織り、裾の部分は石帯（せきたい：束帯のベルト）に挟み込んで着装されました。近世の生地は、麻に胡粉を厚く引いた粉張（こばり）が用いられ、竜胆と尾長鳥、梅と柳といった摺文様が施されました。また、近世には赤紐の色や組み方、装飾によって着用者の身分（大臣以上、公卿、殿上人など）を示すようになりました。これらの紐には、金泥や胡粉で蝶や鳥が描かれました。

私小忌（わたくしおみ）
身頃が一幅の盤領（まるえり）形式で、左右の袖はそれぞれ二幅です。狩衣の裾を長くしたような形状ですが、袖を括るための袖括（そでくくり）はありません。こちらも右肩に赤紐を付けます。束帯の袍（ほう：表衣）を着用せず、下襲（したがさね）や半臂（はんぴ）の上に、袍の代わりに着用する点が特徴です。神祇官人や大嘗祭において悠紀・主基の国司に定められた者など、早い段階から神事への奉仕が確定している人々が、親祭の当日にも着用しました。親祭で諸司小忌を下賜された者が、祭後の宴会である節会（せちえ）にあたる直会（なおらい）で使用することもありました。下賜品である諸司小忌に対し、自費で調達したことから「私小忌」と呼ばれました。近世では麻粉張に様々な青摺文様が見られ、平安末期には大嘗祭の悠紀・主基国が独自の文様を定める決まりがあったことや、南北朝時代には吉田家が菊に水などの紋様を用いた記録があり、多様な慣習が存在したようです。

如形小忌（にょぎょうおみ）
諸司小忌から袖を省略した、裃（かみしも）に似た形式です。垂領で身頃は二幅あり、右肩に赤紐が付きます。主に祭祀に携わる地下（じげ）官人が使用しました。束帯の上に着る際は裾を石帯に挟み込みましたが、それ以外の装束の上に着る場合は裾を挟まず、そのまま打ちかけて着用しました。生地は麻の粉張で、主に梅と柳の青摺文様が施されました。赤紐は平紐で、胡粉の蝶鳥が描かれました。

別勅小忌（べっちょくおみ）
天皇が神事服（御斎服）を着装される際に奉仕する衣紋者（えもんじゃ）の公家や、天皇の側近で世話をする議奏（ぎそう）の公卿が着用しました。その職務の重要性から、亀卜による占食とは無関係に着用が許されたため、この名があります。衣冠（いかん）の上に着用することが多く、その場合は前の裾を懐に挟み込み、後ろは打ちかけて着用しました。生地は麻の粉張で、主に流水とわらびの青摺文様が描かれました。衣冠の上に着用する際は、通常赤紐は付けません。名称や衣紋者などが使用したことは『延慶大嘗会記』に記されていますが、詳しい仕様は貞享四年（1687年）の大嘗祭復興の際に新たに定められました。

また、『代始和抄』には「出納小忌」という名称も見られますが、その実態は明らかではなく、近世には別勅小忌（または如形小忌）の異称と解釈されていました。

関連する装束として、采女（うねめ）が着用する千早（ちはや）は、近代においては如形小忌と同形ですが、生絹に蝶の青摺で、赤紐は付けません（近世の遺品には赤紐はないものの、通常の小忌衣と同様に麻の粉張に青摺が施されています）。東遊（あずまあそび）などの古代歌謡を伴う舞楽で用いられる装束は私小忌と同型ですが、赤紐が左肩に付きます。これらは占食で選ばれる者が着用するわけではないため、通常は小忌衣とは呼ばれず、「青摺」と称されることもありました。五節舞姫（ごせちのまいひめ）が羅（ら：薄い織物）の青摺の唐衣（からぎぬ）を用いる例もありましたが（ただし、宝暦年間に再興された舞姫装束は古式を伝えていないとされます）、これも一般的には小忌衣とは呼ばれません。しかし、これらも青摺という共通点を持つ神事服であり、小忌衣と同じ性格を有すると言えます。

小忌衣の起源については、天照大神が天岩戸から再び姿を現した際、身に付けていたという伝承があります。また、特に豊明節会（とよあかりのせちえ）にも用いられたことから、崇神天皇の時代に笠縫邑（かさぬいむら）で天照大神が祀られた頃から存在した可能性も考えられています。雄略天皇が葛城山に登った際に、天皇と一言主神（ひとことぬしのかみ）の従者が共に着ていたとされる青摺に紅紐を付けた装束も、小忌衣と比較して興味深い存在です。現代の巫女装束にも青摺が用いられる例は多く、近年の巫女神楽の装束、例えば浦安の舞などにも小忌衣が使用されています。また、千早や、女性が首にかけて垂らすスカーフ状の装束である比礼（ひれ）との関係性も注目されます。

近代に入り、明治天皇の大嘗祭においては、小忌衣は用いられず、太政大臣は白い龍文の袍と袴、参議以下の高官は小葵の飛文の青摺が施された白い直垂（ひたたれ）、神祇省などの職員は白い無文の直垂を着用しました。采女の千早はこの時、白絹地に蝶の青摺となりました。その後、明治六年（1873年）には衣冠が宮中や神社の祭服と定められましたが、様式の混乱が生じました。このため、明治十六年（1883年）以降、宮中祭祀に奉仕する官僚の服装は斎服（さいふく）に改められました。しかし、登極令（皇室の儀式に関する法令）によって、大嘗祭に限り、諸司小忌が男女の供奉員によって着用されることになりました（例年の新嘗祭奉仕の掌典は明治十六年以降斎服を使用しており、小忌衣は着用しません）。この大嘗祭における諸司小忌の摺文様は、皇族が松に菊（大正天皇の大礼で新たに制定）、皇族以外は江戸時代以来の梅と柳が用いられました。赤紐による身分表示も江戸時代の規定が援用され、皇族は本法組に金泥の蝶鳥、勅任官は本法組に胡粉の蝶鳥、奏任官は略本法組に胡粉の蝶鳥、判任官は平紐に胡粉の蝶鳥が描かれました。この時期には占食のしきたりはなくなっていましたが、「小忌」という名称はそのまま引き継がれました。

現代においても、新嘗祭や豊明節会などの宮中における諸神事の宮人（くうにん）、大嘗祭の五節舞姫、神楽の舞人、大喪（たいそう：天皇の葬儀）における八瀬童子（やせどうじ）、神職、巫女などが、様々な形で小忌衣あるいはそれに類する装束を使用する場面が見られます。

なお、歌舞伎の演目にも「小忌衣」という同名の衣装が登場することがありますが、これは貴人の普段着として扱われ、豪華な絹地にエリマキトカゲのように長い襟を持つなど、本来の神事服としての小忌衣とは全く異なるもので、その起源も明らかではありません。

小忌衣は、長い歴史を通じて日本の神聖な儀式に深く関わってきた、文化的に重要な装束と言えるでしょう。

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