ヨハン・ペーター・ピクシス

ヨハン・ペーター・ピクシスは、1788年2月10日にドイツのマンハイムで生まれ、1874年12月22日にバーデン＝バーデンでその生涯を閉じた、19世紀前半を中心に活躍したドイツのピアニストであり作曲家です。彼が育った家庭はまさに音楽家一家であり、父フリードリヒ・ヴィルヘルムはゲオルク・ヨーゼフ・フォーグラーに師事したオルガニストとしてマンハイムで活動していました。また、兄のフリードリヒも著名なヴァイオリニスト、ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティに学び、プラハの音楽水準向上に貢献した人物です。このような環境で、ピクシスは早くから音楽に親しんだと考えられます。

ウィーンに滞在した時期、ピクシスは当時の著名な理論家であり作曲家でもあったヨハン・ゲオルク・アルブレヒツベルガーに作曲を師事しました。アルブレヒツベルガーはハイドンやベートーヴェンも教えた人物であり、この師事経験が彼の作曲技法に大きな影響を与えたことは想像に難くありません。この時期、彼はベートーヴェン、ジャコモ・マイアベーア、フランツ・シューベルトといった同時代の重要な音楽家たちと交流を深めました。ウィーンには1823年まで滞在し（短期間の例外あり）、オペラ作曲家として成功を収めることを望みましたが、残念ながらその道は開けませんでした。

ウィーンを離れた後、一時ミュンヘンに滞在したピクシスは、1825年からはフランスのパリへと拠点を移します。ここから1845年までの約20年間、彼はコンサートピアニストとして目覚ましい活躍を見せます。特に1830年頃には、同時代のピアニストの中でもトップクラスの成功を収めた一人と広く認識されるようになります。しかし、彼の性格については、当時の逸話が残されています。フランツ・リストの父アダム・リストは、カール・チェルニーへの手紙の中で、初の演奏旅行中の息子リストに対して示されたピクシスの態度について不満を述べています。アダムはピクシスの「遜るということをせず」といった姿勢を批判的に見ていたようです。これは、ピアニストとしての自信の現れとも解釈できますが、当時の音楽界における人間関係の一端を垣間見せるエピソードと言えるでしょう。

1845年、ピクシスはパリでの活動を終え、ドイツのバーデン＝バーデンに移り住みました。ここでは公の演奏活動からはほとんど身を引き、主にピアノ教師として後進の指導にあたりました。穏やかな環境で、彼は亡くなる1874年まで教育者としての晩年を過ごしました。

ピクシスは生涯にわたり多くの楽曲を作曲しました。彼の作品は、当時のサロン音楽の趣味を反映したものが多く、ピアニストとしての技術を示す技巧的な作品や、室内楽曲、協奏曲などが含まれます。特に彼の名が現在も語られる理由の一つに、同時代の著名な音楽家たちとの合作への参加が挙げられます。最も有名なのは、フランツ・リストが中心となり、ショパン、タールベルク、エルツ、チェルニーと共に6人の作曲家で制作されたピアノ曲集「ヘクサメロン変奏曲」です。彼はこの中で第4変奏（Allegretto animato）を担当しました。これ以前にも、1819年から1823年にかけてアントン・ディアベリのワルツ主題に基づいて51人の作曲家が1曲ずつ変奏を作曲した「ディアベリのワルツによる変奏曲集」にも参加しています。この主題は、後にベートーヴェンが自身の傑作「ディアベリ変奏曲」Op.120を創作する際に用いたものと同一です。さらに、フレデリック・ショパンは、彼の初期の傑作である「ポーランド民謡による大幻想曲」Op.13をピクシスに献呈しており、当時の音楽界におけるピクシスの影響力やピアニストとしての評価の高さを示唆しています。

以下に主要な作品の一部を示します。

オペラ（具体的なタイトルは記録に乏しい）
器楽曲
ピアノ協奏曲 変ホ長調 Op.68（1826年、ライプツィヒ）
ピアノ協奏曲 ハ長調 Op.100（1826年、ウィーン）
ピアノ四重奏曲 Op.4
ピアノ五重奏曲 Op.99
大ピアノ三重奏曲 第1番 Op.75
大ピアノ三重奏曲 第2番 Op.86
大ピアノ三重奏曲 第3番 Op.95
大ピアノ三重奏曲 第4番 Op.118
大ピアノ三重奏曲 第5番 Op.129
大ピアノ三重奏曲 第6番 Op.139
大ピアノ三重奏曲 第7番 Op.147
ピアノと管弦楽のための軍隊幻想曲 Op.121（1833年、ライプツィヒ）

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