ヨルダネス

ヨルダネス：ゴート族の歴史を後世に残した6世紀の歴史家

ヨルダネス(Iordanes, Jordanes, Jordanis, Jornandes)は、6世紀に活躍した東ローマ帝国の官僚であり、歴史家です。ゴート族の血を受け継ぎ、後世に残る重要な歴史書を著しました。彼の最も有名な著作は、551年頃に執筆された『ゲチカ (De origine actibusque Getarum)』です。これは、ゴート族の初期の歴史を詳細に記した古代の書物で、現在まで内容が伝わっているものは、セビリアのイシドールスの『ゴート・ヴァンダル・スエウィ王国史』と『ゲチカ』のみです。

『ゲチカ』は、ヨルダネスが友人からの依頼によって執筆したものです。依頼主は、当時存在していたものの現在では失われたカッシオドルスの12巻にも及ぶ大著『ゴート史 (Historia Gothorum)』の要約版の作成を望んでいました。ヨルダネスは、当時の東ローマ帝国の辺境、現在のルーマニア南東部からブルガリア北東部にかけてあった小スキタイの衛星国で、高位の書記官(notarius)として勤務した経験を持っていました。この経験が、彼の歴史記述に深みを与えたと考えられます。

ヨルダネスの『ゲチカ』は、ゴート族の起源、彼らの移動、ローマ帝国との関係、そしてフン族との複雑な関わりなど、多岐にわたる内容を網羅しています。同書は、プロコピオスなどの他の歴史家の著作と比較検討され、ゴート族の歴史研究において重要な一次史料として扱われています。ただし、ヨルダネスはキケロの時代の古典ラテン語ではなく、後期ラテン語を用いているため、解釈には注意が必要です。また、彼自身の序文によると、カッシオドルスの著作の検討に3日間しか費やさなかったとあり、独自の知見も加味されている可能性も示唆されています。

ヨルダネスの生涯

ヨルダネス自身の著作からは、彼の生涯についてもわずかながら情報が得られます。1882年のテオドール・モムゼンによるテキストでは、ヨルダネスの父の名前が、属格をとる二つの単語「アラノウィーとアムティス (Alanovii Amuthis)」であったとする説が提示されています。この説によれば、彼の父はアラン人であった可能性が示唆されますが、モムゼン自身はテキストの校訂を保留しました。また、彼の父方の祖父パリアは、アラン人の指導者でカンダックの秘書官であったとされています。

ヨルダネス自身は、書記官(notarius)として、東ゴート族の有力氏族アマルの系譜を引くカンダックの甥で、軍司令官(マギステル・ミリトゥム)であったグンティギス・バザに仕えていました。彼は自身の「改宗(ante conversionem meam)」について言及していますが、その具体的な内容については不明です。ゴート族はウルフィラによってキリスト教（アリウス派）に改宗しており、ヨルダネスの「改宗」はニカイア信条への改宗、あるいは修道士や聖職者になったことを意味している可能性が指摘されています。

ヨルダネスの著作

ヨルダネスは『ゲチカ』の他に、『ロマーナ (De summa temporum vel origine actibusque gentis Romanorum)』も著しました。これはローマの歴史に関する著作で、『ゲチカ』ほどは知られていません。『ゲチカ』の序文では、ヨルダネスがカッシオドルスの『ゴート史』を所有していたカスタリウスからの依頼で『ロマーナ』の執筆を中断し、『ゲチカ』の執筆に至ったことが記されています。カスタリウスは、ゴート族の歴史に関する簡潔な記述を望んでおり、ヨルダネスは記憶と他の資料を頼りに、『ゲチカ』を完成させました。

『ゲチカ』の内容は、ゴート族の発祥の地とされるスカンザの地誌や民族誌から始まり、ゴート族の移動、ローマ帝国やフン族との関係、そしてベリサリウスによるゴート族の敗北まで、幅広く記述されています。ゴート族の起源については、様々な神話や伝説を交えながら、ヘロドトスが言及したゲタイの半神ザルモクシスがゴート族の王となったとする記述も見られます。

論争

ヨルダネスの『ゲチカ』は、歴史研究において重要な史料ですが、その記述の正確性については議論があります。特に、ダキア人やゲタイ人をゴート族の一部として扱っている点については、ルーマニアやアメリカ合衆国の歴史学者から批判的な見解が提示されています。

結論

ヨルダネスは、6世紀における重要な歴史家であり、彼の著作『ゲチカ』は、古代ゴート族の歴史を理解する上で欠かせない資料です。その記述には議論の余地もありますが、ゴート族の歴史研究における彼の貢献は計り知れません。彼の生涯や著作に関する更なる研究が、古代史理解の深化に繋がることが期待されます。

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