ヨーロッパカヤクグリ

概要

ヨーロッパカヤクグリ（学名：Prunella modularis）は、スズメ目に含まれる小型の鳥類で、全長はおよそ14cmほどです。同じイワヒバリ科の仲間は主に山地に生息していますが、本種はこの科の中で最も広い範囲に分布し、平地の疎林、低木地、庭園、生垣など様々な環境で見られます。淡い褐色で特に目立つ特徴を持たない外見をしていますが、その繁殖生態は非常にユニークで、多様な配偶様式や特異な交尾行動が知られています。また、ヨーロッパやアジア西部で自然分布するほか、ニュージーランドにも移入されて分布を広げています。さらに、托卵鳥として知られるカッコウの仮親となることでも知られています。

名前

英語では「ダノック（Dunnock）」と呼ばれますが、生垣にいることが多いことから「ヘッジ・アクセントー（Hedge Accentor）」、「ヘッジ・スパロウ（Hedge Sparrow）」、「ヘッジ・ウォーブラー（Hedge Warbler）」といった別名でも呼ばれることがあります。「ダノック」という名前は、ケルト語や古英語の「褐色」を意味する言葉に由来し、小さなものを意味する接尾語が組み合わさったものです。「アクセントー」はラテン語で「ほかで歌うもの」という意味を持ちます。

学名の属名「Prunella」も、ドイツ語の「ブラウンネレ（Braunelle）」と同様に、中世ラテン語の「褐色」を意味する言葉に由来し、「褐色の小鳥」という意味が込められています。種小名「modularis」は、ラテン語の「調和、旋律」から来ており、オスの心地よいさえずりにちなんで名付けられました。

形態

成鳥の全長は約13cmから14.5cm、平均体重は約21gです。ヨーロッパコマドリと同じくらいの大きさで、全体的に淡い褐色をしており、背中には縞模様が見られます。この背中の模様や全体のシルエットは、小型のイエスズメにやや似ています。下面は褐色がかった色をしており、ムシクイ類のように先が細く尖ったくちばしを持っています。頭部と胸は灰色で、頭頂部や耳を覆う羽は灰褐色です。雌雄の外見はよく似ていますが、オスの方が頭部や喉の灰色みがわずかに強い傾向があります。足は赤褐色です。翼の大きな雨覆羽の縁には、薄い色の細い斑点があります。

分布と生息環境

ヨーロッパの温暖な西部および南部から、トルコやイラン北部、コーカサス地方にかけては一年を通して同じ場所に留まる留鳥として生息しています。より北方の地域にいる個体は夏鳥であり、冬になると寒さを避けて南へ移動します。特に北ヨーロッパの個体は、9月から翌年の3月または4月にかけて南で過ごすことが多いです。北アフリカで越冬する個体も少数確認されています。中東の一部地域では留鳥ですが、冬期にはイランの北部や西部、イラク北部、キプロス、イスラエル、ヨルダンなどでも姿が見られます。

自然分布域のほかに、ニュージーランドにも移入されています。19世紀後半、1865年から1896年の間に、果樹園の害虫を減らす目的でイングランドから持ち込まれました。現在では、ニュージーランド本土のほぼ全域に加え、チャタム諸島や亜南極の島々にも広く分布しています。

生息する場所は多様で、針葉樹林や広葉樹との混交林、低い藪が生い茂る森林、疎林、低木地、荒れ地、農耕地、公園、庭園、生垣など、幅広い環境に適応しています。市街地の空き地や、藪のある海岸の崖や砂丘で見られることもあります。同じイワヒバリ科の多くの種が山岳地帯を主な生息域とするのとは異なり、ヨーロッパカヤクグリは旧北区の南部の分布域を除いて、山地帯にはあまり生息しないという特徴があります。

亜種は、生息地域によって8つの亜種に分類されています。

生態と行動

ヨーロッパカヤクグリは、藪の中や生垣に隠れていることが多く、普段はあまり目立ちません。水浴びを好むことが知られており、水浴びの後は地上を駆け回って羽を乾かし、その後地面で日光浴をする姿が見られます。

鳴き声

警戒しているときや地鳴きとしては、甲高く長く続く「チープ」という声や、高く震わせる声を出します。これらの声は、姿が見えにくい場所にいることを示す合図となることが多いです。さえずりは、「チリチリチリ」と聞こえるような音で、4秒から5秒おきに繰り返されます。速く細やかな、鈴を鳴らすような声で、ミソサザイのさえずりと間違われることがありますが、ヨーロッパカヤクグリの方がより短く優しい調子です。また、巣に捕食者が近づくと、「ツィープ」という高い声を発して、巣にいる雛に危険を知らせます。

採食

食べるものは季節によって変化します。繁殖期の夏の間は主に昆虫やその幼虫を捕らえて食べますが、冬になると様々な植物の種子を中心に採食します。採食する際は、単独かペアで、足を引きずるように歩いたり、跳ねたりしながら開けた場所で地面のものを探します。

繁殖

繁殖期は自然分布域では3月下旬から8月にかけて続きます。ニュージーランドに移入された個体群では、南半球のため季節が逆転し、8月から翌年2月にかけて繁殖します。

縄張り

ヨーロッパカヤクグリは、繁殖期には縄張りを持つ鳥類です。オスとメスそれぞれが縄張りを持っていますが、それらの縄張りはしばしば重複しています。時に、複数のオスが縄張りを共有し、その中で明確な順位関係が見られることがあります。しかし興味深いことに、この社会的な優位性は、多くの場合、群れの中に複数の父親がいるため、最も優位なオス（アルファオス）が繁殖において独占的な利益を得ることには繋がりません。また、縄張りを共有する個体間に血縁関係がほとんどない場合、争いが生じることもあります。

メスの縄張りは通常、他のメスが入る余地がないほど排他的です。しかし、複数のオスが協力して複数のメスを含む一つの縄張りを守る場合もあります。オスたちの間では、先に生まれたオスがアルファオスとなる傾向があり、1年目のオスは通常ベータオス（2番目のオス）となります。研究によると、血縁関係の近いオスが縄張りを共有することは稀であるとされています。

オスがメスに近づこうとする努力は、メスの縄張りの広さに大きく左右されます。メスの縄張りの広さは、主に餌の分布によって決まります。餌が豊富にある地域では、メスの縄張りが狭くなるため、オスがメスを占有しやすくなります。このような状況では、後述するような配偶様式が選択され、オスにとって繁殖成功度が高くなる一方、メスにとっては相対的に低くなる傾向があります。逆に餌が不足している地域では、資源を求めるためにメスの縄張りが広がり、オスがメスを占有することが難しくなります。この場合、メスがオスよりも繁殖の優位性を得ることになります。

多様な配偶様式

ヨーロッパカヤクグリの繁殖における最も特異な点は、その非常に多様な配偶様式です。一夫一妻、一夫多妻、一妻多夫、多夫多妻といった、様々な形態が見られます。特に鳥類では非常に珍しい一妻多夫（1羽のメスが同時に2羽以上のオスと繁殖行動を行う）が、最も一般的な配偶様式として観察されます。鳥類全体の種のうち、一妻多夫を示すのは1%未満と非常に稀です。このような多様な配偶様式は、オスたちの間で精子競争を引き起こします。オスはメスとの交尾機会をめぐって争い、DNA鑑定を用いた研究では、一つの巣から孵った雛の中に、しばしば異なる父親の雛が混じっていることが明らかになっています。これは、繁殖能力のあるメスへの交尾機会の成功に応じて、複数のオスが父性を共有していることを示唆しています。オスは自分が父親である可能性が高い雛に対してより多くの世話をする傾向があるため、一つの巣で2羽のオスと1羽のメスが協力して雛に給餌する姿が見られることは珍しくありません。

配偶様式は、個体群におけるオスとメスの比率や縄張りの重複の仕方によって変化します。1羽のメスの縄張りと1羽のオスの縄張りが重なり合う場合は、一夫一妻制が主流となります。時に、隣接する2～3カ所のメスの縄張りが1羽のオスの縄張りと重なることで、オスが複数のメスを占有する一夫多妻制が見られることもあります。また、2羽のオスが協力して複数のメスを含む縄張りを守る場合は、多夫多妻制が観察されます。この多夫多妻制は、鳥類ではシギダチョウ類や走鳥類などの一部を除くと稀であり、鳴禽類ではヨーロッパカヤクグリなど限られた種に特異的に見られます。ただし、自然界で最も頻繁に見られるのはやはり一妻多夫制です。一般的に、オスにとっては一夫多妻制の場合に最も繁殖成功度が高くなり、メスにとっては一妻多夫制の場合に有利になると考えられています。研究により、餌の豊富さがメスの縄張りの広さに影響し、それが配偶様式を、メスに有利な一妻多夫から、オスに有利な様式へと変化させることが示されています。

特異な交尾行動

ヨーロッパカヤクグリの交尾行動もまた独特です。オスは機会を見つけると、メスに近づいて後ろから跳ねるようにします。受け入れたメスはうずくまり、羽毛を膨らませて翼を左右に下げ、それを震わせます。興奮したオスがメスの周りを回る間、メスは尾を上げて左右に震わせ、総排出腔（排泄と生殖の開口部）を露出させます。オスは交尾の前に、メスの露出した総排出腔をくちばしで刺激します。これは、メスが直前に別のオスと交尾していた場合に、そのオスの精液を排出させることで、自身の父性をより確実なものにしようとする行動と考えられています。刺激されたメスの総排出腔からは、前の交尾で入った精子を含む液体が排出され、オスがそれを見た後に交尾が行われます。交尾自体の時間は非常に短く、わずか数分の1秒で終わります。これは、数秒を要する他の多くのスズメ目の鳥と比べると著しく短い時間です。ヨーロッパカヤクグリは非常に頻繁に交尾を行うことが知られており、繁殖期の最初の10日間ほどは、メスは1時間に約2回もの頻度で、1日に100回以上交尾することもあると言われています。

営巣と育雛

巣は、低木林、針葉樹林、疎林、公園、庭園、海岸の崖など、藪が茂る比較的低い場所、通常地上1.8m以内のところに作られます。小枝、落ち葉、コケ、細い根などを主な材料として、小さくきれいに整った椀型の巣を作ります。巣の中には、動物の毛、糸くず、コケのような柔らかい素材を敷いて産座とします。イギリスでは3月から巣作りが始まり、時にはツバメやクロウタドリが使った古い巣を再利用することもあります。メスは通常4個から5個の卵を産みますが、まれに3個や6個の場合もあります。卵は無地の青緑色で、大きさは約20mm×15mmです。卵を抱いて温めるのはメスのみが行い、約14日から15日で卵が孵化します。

孵化した雛は、誰が世話をするか（育雛者）が多様です。一羽のメスのみで育てる場合もあれば、オスが手伝うメス、常にオスが手伝う複数のメス、あるいは複数のメスと複数のオスが共同で育雛する場合があります。一夫一妻のペアの場合、オスとメスは同じくらいの割合で雛の世話をします。一妻多夫のペアでは、メスと最も優位なオスが、2番目のオス（ベータオス）よりも多く雛の世話をする傾向が見られます。しかし、メスがオスから逃れることができる広い縄張りを持つような状況では、優位なオスとベータオスが同等に給餌を分担することもあります。この最後の育雛様式は、メスにとって最も有利であり、最大限の世話を受けて雛の成長を促すことに繋がります。ある研究では、一妻多夫や多夫多妻の状況下でも、オスは自分の雛と他のオスの雛を区別しない傾向があることが示されました。しかし、彼らは自分が父親である確実性に応じて給餌の量を変えると考えられています。特定のメスと多く交尾し、父親である可能性が高いオスは、その雛に対してより多くの世話をする傾向があるようです。

カッコウの仮親

ヨーロッパカヤクグリは、ヨーロッパでカッコウが最も頻繁に托卵する相手として知られています。かつてイギリスのエセックスで行われた調査では、托卵が確認された巣のうち、半数以上がヨーロッパカヤクグリの巣でした。現在、イギリスの農耕地や森林の縁、低木地では、カッコウの托卵は特に本種に集中しています。

托卵される側の鳥は、しばしばカッコウの卵と自分の卵を区別することを学び、それに合わせてカッコウも宿主の卵に似た卵を産むように進化すると考えられています。しかし、ヨーロッパカヤクグリの卵は無地の青緑色で、他のイワヒバリ科の鳥の卵に似ていますが、托卵されるカッコウの卵とは似ていません。にもかかわらず、ヨーロッパカヤクグリはカッコウの卵を受け入れてしまいます。これは、歴史的にヨーロッパカヤクグリがカッコウに托卵されてこなかったため、似ていない卵も受け入れる性質を持っていたからだと考えられています。そのため、カッコウもこの仮親に合わせて卵を似せる必要がなかったのでしょう。しかし、仮親が卵を区別する能力を進化させると、カッコウもそれに適応して卵を似せるように進化します。1939年から1982年のイギリスでの調査によると、ヨーロッパカヤクグリの巣における托卵率は約2%と比較的低く、托卵による影響が少ないことから、卵を区別する能力が進んでいないと考えられています。

カッコウの卵は、ヨーロッパカヤクグリの卵よりも早く、抱卵開始から約11日で孵化します。約1日早く孵ったカッコウの雛は、仮親であるヨーロッパカヤクグリの卵や後から孵った雛を巣の外に押し出してしまいます。これにより、カッコウの雛は仮親からの給餌を独占し、生き残る可能性を高めます。

文化的な描写

ヨーロッパカヤクグリは、特にカッコウの托卵に関連して、古くから文学作品などで言及されています。14世紀の詩人チョーサーの作品では、コチョウゲンボウがカッコウに対して、「自分を育ててくれたヨーロッパカヤクグリ（heysugge）を殺すのか！」と非難する場面があります。また、シェイクスピアの戯曲『リア王』では、道化が、リア王が不実な娘たちに滅ぼされるだろうという警告を、伝承に触れて「ヨーロッパカヤクグリ（hedge-sparrow）があまりに長くカッコウに餌をやったせいで、とうとうその雛に頭を食いちぎられた」というたとえ話を用いて語ります。

18世紀の博物学者ギルバート・ホワイトは、『セルボーンの博物誌』の中で、ヨーロッパカヤクグリが自分の卵とはひどく不均衡な大きさのカッコウの卵を受け入れることに驚きを示しつつも、この「理性なき生き物」は大きさや色の概念がほとんどないのだろうかと推測しています。

一方で、19世紀の聖職者で博物学者でもあったF. O. モリスは、自身の著書でヨーロッパカヤクグリを「控えめで、静かで寡黙だが、内気でなく、その振る舞いや習慣は謙虚で質素であり、その衣服は地味で気取らず、同時にいつもきちんとして上品である」と描写し、その質素な生活を見習うべきだと推奨しました。しかし、これはこの鳥の一面だけを観察したものであり、彼の知る由もなかったそのユニークで複雑な配偶行動や交尾行動については触れられていません。ヨーロッパカヤクグリは、その地味な外見からは想像できない、非常に興味深い生態を持つ鳥なのです。

もう一度検索