ラインラントの私生児

「ラインラントの私生児」（ドイツ語: Rheinlandbastard）とは、第一次世界大戦後のドイツ西部、ラインラント地方に駐留したフランス軍の兵士、特にアフリカ出身の兵士とドイツ人女性の間に生まれた子供たちを指す差別用語です。この言葉は、ヴァイマル共和政時代からナチス・ドイツ時代にかけて、彼らに対する偏見と差別の象徴として用いられました。

歴史的背景

第一次世界大戦後、ドイツには植民地から帰還した人々や、船員、家事使用人、学生など、さまざまな背景を持つ非白人が定住するようになりました。しかし、その多くはドイツ人男性と現地人女性の間に生まれた子供たちでした。ヴェルサイユ条約によってラインラントに駐留したフランス軍には、当時フランスの植民地であったアフリカから約2万人の兵士が派遣され、その中で一部の黒人兵とドイツ人女性との間に約600～800人の混血児が生まれたとされています。

ドイツはかつて植民地を持つ国でしたが、第一次世界大戦では連合国に制海権を握られ、植民地からの兵力補給が事実上不可能でした。また、20世紀初頭には南西アフリカで先住民虐殺事件を起こすなど、ドイツ国内には黒人に対する差別意識が根強く存在していました。そのため、連合国軍が植民地出身の非白人兵士を多く動員することに対し、ドイツ国民は強い嫌悪感を抱いていました。

ヴェルサイユ条約の交渉において、アメリカとイギリスは、ドイツが主張したフランス軍による植民地兵のラインラント駐留拒否の意向を汲み、フランスを説得しようとしました。しかし、フランスはこれを拒否し、結果的にラインラントへの植民地兵派遣を強行しました。この結果、ドイツではラインラント占領を国辱と捉える世論が形成され、占領軍への協力は事実上の反逆行為とみなされるようになりました。

1920年春頃から、ドイツの新聞は「黒い汚辱」という言葉を用いて、セネガル出身のフランス兵によるドイツ人女性への強姦事件が多発していると主張する記事を連日のように掲載しました。これに伴い、「ラインラントの私生児」という差別的な言葉が生まれ、社会的な問題として注目されるようになりました。

当時のヴァイマル共和政政府も、この風潮に同調し、アドルフ・ケスター外務大臣はフランス政府に宛てた書簡で、「黒いペスト菌」といった表現を用いて、黒人兵の駐留に反対する姿勢を示しました。国会でも「野蛮人」という言葉を用いて黒人兵を非難し、彼らが婦女子だけでなく男性にとっても危険な存在であると主張する共同質問が行われました。

大衆文化においても、グイド・クロイツァーの小説『黒い汚辱ー辱しめられたドイツの物語』では、ラインラントで生まれた混血児は肉体的にも精神的にも退化しているとされ、ドイツ国民として扱う価値がないとされました。また、彼らを産んだドイツ人女性も民族共同体から排除されるべきだと主張されました。

アドルフ・ヒトラーも「我が闘争」の中で、ユダヤ人と黒人を結び付け、「ラインラントに黒人を連れてくるのはユダヤ人だ」と主張しました。彼は、人種の質を劣化させることがユダヤ人の目的であると述べ、黒人に対する差別を正当化しました。

ドイツ国外のメディアも、この問題に関心を示しました。イギリスのジャーナリスト、エドモンド・モレルは、ラインラントに駐留するフランス軍兵士の多くが有色人種であることを非難し、彼らが女性を強姦し、梅毒を蔓延させていると主張しました。モレルの記事は欧米各国で反フランス、反植民地キャンペーンを巻き起こし、抗議活動が行われました。しかし、これらのキャンペーンには反対の声もあり、ルイーゼ・ツィーツのような議員は人種差別的な非難を拒否し、軍事占領全般の問題点を指摘しました。

ナチス時代

1933年にナチ党が政権を握ると、アフリカ系住民に対する迫害はさらに激化しました。当時のドイツにおけるアフリカ系住民の人口はごく少数でしたが、ナチスは彼らを人種政策における迫害対象としました。アフリカ系住民は義務教育の対象から除外され、特定の職業に就くことや白人との恋愛・結婚が禁止され、原則としてドイツ国籍を与えられないといった差別を受けました。

ナチ党は黒人による芸術全般に「退廃芸術」のレッテルを貼り、ジャズやスウィングなどの黒人音楽を禁止しました。また、アフリカ系住民への不妊手術計画を立て、「ラインの黒い恥」「遺伝性疾患患者」と断じていました。1935年には、ニュルンベルク法により、アフリカ系住民とドイツ人の結婚が禁止されました。1937年春以降、少なくとも385名のアフリカ系住民が強制的に断種手術を受けました。

第二次世界大戦中には、ハインリヒ・ヒムラーがアフリカ系住民の虐殺を検討しましたが、実際には実行されませんでした。しかし、少なくとも24名のアフリカ系住民が強制収容所に送致されました。戦後、断種手術を受けたアフリカ系住民がどのような措置を受けたのかについては、詳しいことは判明していません。

まとめ

「ラインラントの私生児」という言葉は、第一次世界大戦後のドイツ社会における人種差別を象徴するものです。ヴァイマル共和政時代からナチス時代にかけて、アフリカ系住民は社会的に迫害され、その人権を著しく侵害されました。彼らの苦難の歴史は、人種差別の恐ろしさと、その根絶の必要性を私たちに教えています。

脚注

注釈

出典

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