ラザロ・スパランツァーニ

ラザロ・スパランツァーニ（Lazzaro Spallanzani, 1729年 1月10日 - 1799年2月12日）は、18世紀に活躍したイタリアの博物学者であり、しばしば「実験動物学の祖」と称される人物です。彼の研究は、生物学における実験手法の重要性を確立し、その後の生命科学の発展に大きな影響を与えました。

経歴と学術への貢献

現在のエミリア＝ロマーニャ州レッジョ・エミリアに生まれたスパランツァーニは、初めはボローニャ大学で法学を学びましたが、従姉妹であり著名な科学者であったラウラ・バッシの強い勧めを受け、自然科学の道へと進路を変更しました。その後、レッジョ、モデナ、そしてパヴィアといったイタリア各地の大学で教鞭を執り、精力的に研究活動を行いました。彼は、当時の生物学研究が観察や記述に偏っていた状況に対し、精密な実験を行うことの必要性を強く訴えました。呼吸のメカニズム、生物の循環系、失われた体の部分が再生する現象など、様々な生命活動について実験的なアプローチで深く探求しました。特に、両生類を用いた人工受精の実験に成功したことは、生殖研究の分野における重要な成果の一つです。

自然発生説への挑戦

スパランツァーニの最も著名な業績の一つに、微生物の自然発生説に対する否定的な研究があります。17世紀にフランチェスコ・レディがハエなどの比較的大きな生物が無生物から自然に生まれるわけではないことを証明していましたが、肉眼では見えない微生物については、腐敗した物質などから自然に発生するという考え方が依然として支配的でした。この説に疑問を抱いたスパランツァーニは、1765年に精巧な実験を行います。彼は栄養となる液体（例えば肉汁やスープ）をガラス製のフラスコに入れ、これを長時間加熱することで内部の微生物を殺菌しました。さらに、フラスコの口を火で溶かして完全に密封し、外部からの微生物の侵入を防ぎました。その結果、適切に密封・加熱処理されたフラスコ内では微生物が全く発生しないことを確認したのです。この実験は、微生物もまた既存の微生物からしか生まれないことを強く示唆するものでしたが、当時の科学者の中には、フラスコを密封したことが空気中の「生命力」のようなものを遮断したためだと反論する者もいました（例えばジョン・ニーダム）。しかし、スパランツァーニの実験は、後にルイ・パスツールによって追試・改良され、最終的に自然発生説が完全に否定される基礎となりました。

コウモリの研究と消化の自己実験

スパランツァーニの研究対象は多岐にわたりました。彼は特にコウモリの飛行能力に強い関心を持ち、興味深い実験を行っています。コウモリが目隠しをされても障害物を器用に避けて飛ぶことができるにも関わらず、耳を塞がれると飛び立つことすら困難になるという事実を実験によって確認しました。この観察に基づき、彼はコウモリが単に視覚だけでなく、聴覚を用いて周囲の状況を「見て」ナビゲーションしているのではないかという画期的な仮説を提唱しました。この直感的な洞察が、後に超音波による反響定位（エコーロケーション）として科学的に実証されるのは、超音波測定装置が発明される20世紀を待たなければなりませんでしたが、スパランツァーニはその可能性をいち早く示唆していました。

さらに、彼は動物の消化プロセスを解明するため、驚くべき自己実験にも挑んでいます。リネン製の小さな袋に詰めた食物を自ら飲み込み、一定時間経過後に吐き出して内容物を分析するという、文字通り体を張った実験を通して、消化が単なる機械的な過程ではなく、化学的な作用も伴うことを示唆しました。このエピソードは、彼の飽くなき探求心と科学的真理を追求する姿勢をよく表しています。

ラザロ・スパランツァーニは、その生涯を通じて多様な生物学的現象に実験的な光を当て、その後の生物学、特に微生物学や実験動物学の発展に不可欠な基盤を築いた偉大な科学者です。彼の業績は、科学における実験の重要性を改めて認識させるものとなりました。

もう一度検索